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2009年12月10日

思い出を語る母親

32歳に女性の柩の中に入っているので、化粧をしてあげて欲しいと連絡がありました。
「死亡診断書を見ると車中において練炭自殺した」
と書いてあります。
死亡場所は、岐阜県の山中から病院に運ばれたが、残念ながら息は無かったそうです。
自宅には、父親が一人。
「葬儀社から来ました、準備をさせていただきます」
遺体を拝見すると、髪が長く綺麗な顔をしている。少し赤みかかっていたがほとんど問題はない。
棺布団の下には、雑に浴衣が着せてあった。
父親に「奥さんはどうしたのですか?」と訪ねると、
「歯医者に行ってます」
約束の時間に母親がいないと対処方法がわからない!
三十分ほど待つと、母親が帰ってきた。
「何か、柩に入れるものはありますか?」
すると、故人の着ていた衣服を沢山用意されました。
「どれを入れますか」
「この赤いジャンバーがよく着ていたので、これをお願いします」
収縮するジャンバーだったので、
「これを着せましょうか」
「できれば、お願いします」
柩に中で、遺体を傾けて着せてあげました。
父親と母親は、すごく喜んでいただいた。
それから、故人に化粧を入念に化粧水、乳液、下地と施し本人が使っていたファンデーション、チック、口紅、ヘアーオイルを使わせていただき仕上げさせていただきました。
最後に二人でカーネーションを中心に切り花を入れていただきました。
最後まで、母親は娘の思い出を話しながら、化粧を見ていました。

2009年12月 5日

鳥羽一郎の後援会のハッピ

突然の死は、やはりすごく悲しく辛いものです。
男性は、忘年会の帰り二次会、三次会と足を運び家に着いてから突然に倒れてそのまま帰らぬ人となりました。
あまりにも、突然の死に気持ちのの整理がつきません。
故人の上にには、大好きだった鳥羽一郎の後援会のハッピがかけてあった。
遺影写真を見ると、かなり若い時期の写真だろうか?かなり痩せた顔が複雑な気持ちにさせた。
頭髪を鳥羽一郎風にオールバックにかっこよく整えてあった。
奥さんと家族に故人の顔を拭いて頂いたが、悲しみと感情の高ぶりにかなり時間が思った以上にかかってしました。
柩の中には、大好きなカセットテープを入れさせてほしいと頼まれましたが、炉の都合で丁寧にお断りをしました。
しかし、プラスチック用のカラオケマイクを持たせたいと右手にしっかりと握って喪持たせました。
出棺のときは、外させていただくようにお願いしました。
柩の蓋を閉めるとき、娘さんでしょうかなかなか柩から離れない。
「これで、柩の蓋を閉じさせていただきます」
出棺の準備が整い、男性方に頼んだが、娘さんが柩にぶら下がるように泣き崩れた。
あまりにも、悲惨な叫び声がみんなの心を熱くさせました。
車の中では、道中泣きっぱなしだったそうです。
式場に到着してからも、娘さんは祭壇の遺影写真をず~~と眺めて父と話しているようでした。

2009年11月20日

ホールの控室は暑い

突然に納棺の依頼がありました。
電話で直接、「夕方空いていますか?」
「はい、大丈夫です。」
直接ホールに遺体が入ったようで、納棺はホールの遺族控室で行ってほしいとのこと。
午後二時に連絡が入り、納棺時間は午後五時から。
時間的には、余裕があったのでゆっくりと葬儀社に向かった。
ホールに直入りなので、また、家族葬だと思っていたら、どうやら普通の一般葬だそうです。
翌々日が友引だったのです。
今日のうちに、通夜を行って、明日葬儀を行うことが決定したのが、午後二時だそうです。
今から、ホールとはいえ祭壇を設営することに。

納棺は、五時になっているが、もっと遅くなって良い・・・
「一時間ぐらいかけて納棺してください」
そんなに時間をかけると、こちらとしても疲れるんで
柩の準備を五時から始め、ゆっくりと始めさせていただいた。
親族も二十人程度、普通かな!
この時期、外は寒いので室内は暖房でホカホカ・・
納棺は低い位置で仕事をしますが、さすがに体を動かすと暑い!!
喪主の息子さんが、納棺が始まってからシクシクと涙し、なかなか父親の顔を見ないようにしていた。
最後に、お花を入れていただいたが、手が小刻みに震えていたのが印象的でした。
柩には、故人が愛用していた、帽子を入れていただきました。

2009年10月24日

痛くないように、してくださいね

今日のお客様の打ち合わせ中
先日、納棺をさせていただいたお客様が葬儀社に支払いに来るという。
奥さんが「奥に行ってお客さんと会わないように」
私たち納棺師は、仕事が終わったら用無しか・・
確かに、葬儀社にすればあくまでも自社のお客様
納棺は仕事は、葬儀の一部の作業に過ぎない
一般的にいえば、お手伝いをさせていただいたお客様と遭遇しましたら頭ぐらいは下げるでしょう。
それも許せないのだろうか?
機械でもあるまいし。
葬儀社をたてるのは、礼儀ではあるがフリーはやはり孤独です。
某テレビ局のアナウンサーが
「会社員のときは、仲間がいたが。フリーになるとすごく孤独です。」
この意味がよく分かったような。。
フリーの立場は、お客様とコンタクトさえ許されない。

昼食時に何度か見知らぬ方に声をかけられる事があります。
「先日はどうも、ありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして」
しかし、私はどなたかはよくわからい・・
故人の家族は、ほとんど覚えていない
かすかに、うる覚え・・覚えていないっていいだろう。
納棺師の仕事は、故人を見ているのだろうか。
それとも、遺族の顔は覚えていないが、遺族の思いを覚えているのだろうか?
今まで、他人の納棺に携わってきたが、なぜ覚えていないのだろうか?
「故人にこんなことした、遺族の想いに答えた」
これだけで、いいのだ。

長老の方に「痛くないように、してくださいね」
「はい・・・」
96歳の男性で、痩せ型で綺麗な故人でした。
手際よく、納棺して柩に納めました。
長老に尋ねてみると、
「ていねいにやっていただいて、ありがとうございました」
と答えられました。

2009年10月20日

午後から忙しい一日だった

午後一時の葬儀司会を担当していました。
葬儀が終了して、マイク設備を撤去し終わったのが、午後二時半過ぎ。
それから、60キロ離れた納棺するお宅に直行しました。
三時前に葬儀しゃの社長に連絡。
「三時半前には、到着すると思います」
二件葬儀が入っていたので
「自宅はどちらですか。新聞のおくやみ欄を切り抜いて持っていますので、ナビで調べておきます」
「気をつけて、早くきてくだい」と、矛盾のある言葉。。。
高速道路をまっしぐら、日曜日だったので高速割引で750円とラッキー。
高速を降りてからも、休日なので、一般道も少し込み気味。
あせる気持ちでイライラ、信号待ちで煙草をついつい吸ってします。
ようやく、葬儀社に着いて自宅を確認してからすぐ当家に向かった。
ゆとりは無かったが、時間通り納棺を始めることができた。
私のように、葬儀司会と納棺の仕事をしているものは、こんな時間との戦いがまれにあります。
一日に二件以上、仕事があるときは、仕事の充実感がすごくあります。

仕事が終わって汗もたくさん出て、家に帰って体脂肪率を計ってみると、21.5%にもなっていた。
水をゴクゴク飲んだら、また元に戻ってしまった。残念!!

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