三重県の葬儀
津市
1日目 納棺→通夜
2日目 葬儀・告別式→出棺→火葬→初七日の法要→精進落とし
●忌日は死亡の前日から数える
●香典返しは忌明けに行う
●忌明けは五七日または七七日
危篤・臨終から納棺まで
末期の水をとるさい、樒を使う場合があります。これは樒の葉を故人が使っていたご飯茶わんの水に浸し、故人の口をうるおすというものです。飯南郡飯南町では、末期の水を「たむけの水」と呼び、茶わんに樒の葉を入れて水を注ぎ、小さな紙か布をこれに浸して用いることもあります。
枕飾りには線香とろうそく、枕だんご、枕飯などをそろえます。枕だんごは、かつては玄米から作り、その色が黒っぽかたため「烏だんごとも呼ばれます。
中勢地方では、故人の額に三角形の白い紙をつけることも多く、副葬品として血脈を入れます。
友引の日に葬儀を行う場合は時間をずらすのがふつうですが、木槌を引く儀式を行うことで、通常どおりに葬儀をするという地域もあります。

枕づとめ
通夜・葬儀の準備
「組」「せこ」「垣内(かいと)」などと呼ばれる集団があり、葬儀のさいは裏方として喪家を手伝います。伊賀地方では「かぶ」と呼ばれる本家、分家のつながりがみられます。
喪家では神棚に白い紙を貼りますが、農山村部では、大戸口(玄関)のしめ縄もはずします。また、伊勢市、松阪市とその周辺では大戸口のしめ縄は一年中つけていますので、死者が出るとこれをはずすか、一方のつりをはずして傾けておきます。
通夜
三重県では、通夜は「夜伽(よとぎ)」といい、自宅で営みます。また、近隣の人々が御詠歌や念仏をあげる地域が多くみられます。上野市に隣接する阿山郡では、以前は列席者に亀の子せんべいを出してふるまっていましたが、現在では「お茶料」として小銭を包むことが多くなっています。
香典、供物・供花
香典は仏式なら黒白の水引きの弔事用の袋に「御香典」、神式なら黄白の水引きで「御玉串料」とします。香典額は、一般弔問客であれば三千〜一万円が目安です。
名張市では近隣の人たちが「村香典」といって、一定の額を持ち寄って仏前に供える習慣もみられます。また県北の員弁郡では、親戚が持参する香典を「伽見舞い」と呼びならわしています。郡部では香典とともに餅や小豆などを贈ることもあります。
出棺
遺族による故人との最後の対面がすむと出棺となります。
県内では、故人との対面に先立って、出立ちの膳が回される地域が多くみられます。
農村部では遺族が「いろを着る」といって、白い布を身につける習慣があります。
南勢地方では、「涙手ぬぐい」といって、白、赤、黄のさらしを手ぬぐいの大きさに切って近親者に配り、白は子どもや近しい身内、赤は孫、黄は曾孫が衿にかける習慣が多くみられます。
土葬の場合は葬列を組みます。そのとき、喪主と柩を担ぐ人たちが額に三角の白い紙に梵字または「卍」を記したものをつけることがあります。葬儀以前に荼毘に付されている場合は、葬列を組んで墓地に納めに行きます。

葬列
火葬・遺骨迎えと埋葬
津市や松坂市などは告別式後に火葬にされますが、通夜の前に火葬にする尾鷲市をはじめ、葬儀の午前中に葬儀に先立って火葬にする伊勢市や熊野市など、県内の葬儀はさまざまです。
火葬場では納めの式を行います。遺骨は一部を骨壷に拾います。
墓地が近くにある場合には、火葬場からそのまま墓地へ行ったり、すでに火葬を終えている場合には、告別式に引き続き埋葬に行ったりして、当日に埋葬することも多くみられます。墓地には野位牌や四華花、卒塔婆、野膳などの供え物をします。墓石がまだ用意できない場合には木の角塔婆などの墓標を立てておきます。尾鷲市や熊野市では墓標を屋根つきの小屋で囲います。

新仏の墓
法要
忌明けは七七日、または五七日で、「満中陰」「仕上げ」などとも呼びます。
七七日には「仕上げの念仏」などと呼ぶ法要を行います。またこの日を目安にして香典返しをしますが、松坂市の沿岸部では、この満中陰までに行うのがならわしとされています。そのさい、お返しの品のかけ紙に、故人の戒名を記した短冊を添える習慣があります。
松坂市では「掛け衣供養」といって、朝日寺に故人の着物を持参し、お堂の天井から吊下げて供養してもらいます。この着物は一年間吊下げてもらい、翌年の八月二十三日の地蔵盆に下ろすならわしになっています。
年忌供養としては、一周忌と「弔い上げ」とされる三十三回忌が重視される傾向にあります。

朝日寺の掛け衣供養


