お笑いコンビ、カンニングの中島忠幸(なかしま・ただゆき)さんが20日午前11時46分、白血病ウイルス性肺炎のため都内の病院で死去した。35歳。中島さんは04年12月に急性リンパ球性白血病で入院。今年8月に退院し、一時快方に向かっていたが、11月末に再入院した。19日に容体が急変し、帰らぬ人となった。21日、相方の竹山隆範(35)が会見する。
怒鳴り漫才の掛け合いで、マジギレの竹山をなだめて突っ込むキャラで人気の中島さんが力尽きた。白血病と分かった04年12月から1年での復帰を目指し治療に専念。今年8月末には、化学療法で寛解(かんかい=白血病細胞を消滅させること)し退院していた。
先月末に体調不良で再入院したが、相方の竹山は今月5日のイベントの会見で「入院したり退院したりですが、徐々に快方に向かっていまして。来年春にまた一緒にやる計画があります。入退院を繰り返していますが、生きていることは確かです!」と、相方の復帰を心待ちにしていた。
しかし19日、中島さんは肺炎を併発し容体が急変。そのまま帰らぬ人となった。竹山は中島さんの容体を気にしながらバラエティー番組の収録に参加。最期をみとることができなかったが、スタッフを通じて悲報を知り大きなショックを受け、この日深夜のラジオのレギュラー番組も「心の整理が付かない」と出演を取りやめた。
中島さんは92年に小学校の同級生の竹山とカンニングを結成。日本テレビ「エンタの神様」で03年から人気が出始めた。私生活でも、04年に3年間交際した夫人(35)と結婚した。同年9月に長男が誕生し、公私ともに順調だった。だが、長男誕生直後の12月、体調不良を訴え検査入院。その結果、白血病と分かり、長男と初めて過ごすはずだった正月は、病院のベッドで迎えていた。
カンニングは現在のお笑いブームに火を付ける人気コンビで、将来が有望視されていた。しかし、最も注目を浴びたはずの時期に中島さんは闘病生活を送った。病床から竹山にメールでアドバイスやダメ出ししながら、相方の隣に立つ日を待望していた。
- ◆中島忠幸(なかしま・ただゆき)
1971年(昭和46年)6月14日、福岡県生まれ。92年、吉本総合芸能学院(NSC)で小学校からの同級生、竹山隆範と漫才「カンニング」を結成。東京・中野の総菜店の副店長をしながらの下積みが続いたが、03年ごろに貧乏をネタにした自虐漫才でブレーク。怒鳴る竹山に、戸惑う中島さんというスタイルを築き、売れっ子に。04年12月から、急性リンパ球性白血病で休養していた。趣味は魚釣り、特技は料理。168センチ、血液型O。







