「鉄腕」野口二郎さん肺炎で死去
大洋、阪急(現オリックス)などで活躍し、「鉄腕」の異名を取った野口二郎氏が07年5月21日午前9時2分、肺炎のため兵庫・宝塚市内の病院で亡くなった。87歳。
戦前から球界では有名な野口4兄弟(全員プロ入り)の二男で、愛知・中京商(現中京大中京)時代には37年夏の甲子園で熊本工・川上哲治投手(元巨人監督)と投げ合い優勝。翌春のセンバツではノーヒットノーランを含む4試合連続完封で史上初の夏春連覇を達成した。
法大を中退し、長男明(故人)と同じ東京セネタースに39年入団。1年目に33勝、42年には527回1/3を投げ、40勝17敗の成績を残した。同年5月24日の名古屋戦(後楽園)では当時世界最長の延長28回(4−4引き分け)を先発完投した鉄腕ぶりは有名。入団5年で156勝、通算でも237勝を挙げた。
戦後は46年から阪急で投手以外に野手でも活躍。登板のない日は「4番」で出場もあった。通算830安打、打率2割4分8厘。46年に当時日本記録の31試合連続安打も達成した。引退後は近鉄2軍監督などを務めた。89年野球殿堂入り。
- ◆野口二郎(のぐち・じろう)
1920年(大正9年)1月6日、名古屋市生まれ。中京商で活躍した野口4兄弟の二男で、甲子園に3度出場。37年春準優勝、同年夏と38年春に連覇。甲子園通算13試合で被安打はわずか29本。法大中退後の39年、セネタース入団。42年の完封勝利19、48年の無四球試合13は今もプロ野球シーズン記録。通算防御率1・96は投球回2000以上で藤本英雄の1・90に次ぐ歴代2位。89年殿堂入り。175センチ、64キロ、右投げ右打ち。
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