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2009年10月24日

痛くないように、してくださいね

今日のお客様の打ち合わせ中
先日、納棺をさせていただいたお客様が葬儀社に支払いに来るという。
奥さんが「奥に行ってお客さんと会わないように」
私たち納棺師は、仕事が終わったら用無しか・・
確かに、葬儀社にすればあくまでも自社のお客様
納棺は仕事は、葬儀の一部の作業に過ぎない
一般的にいえば、お手伝いをさせていただいたお客様と遭遇しましたら頭ぐらいは下げるでしょう。
それも許せないのだろうか?
機械でもあるまいし。
葬儀社をたてるのは、礼儀ではあるがフリーはやはり孤独です。
某テレビ局のアナウンサーが
「会社員のときは、仲間がいたが。フリーになるとすごく孤独です。」
この意味がよく分かったような。。
フリーの立場は、お客様とコンタクトさえ許されない。

昼食時に何度か見知らぬ方に声をかけられる事があります。
「先日はどうも、ありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして」
しかし、私はどなたかはよくわからい・・
故人の家族は、ほとんど覚えていない
かすかに、うる覚え・・覚えていないっていいだろう。
納棺師の仕事は、故人を見ているのだろうか。
それとも、遺族の顔は覚えていないが、遺族の思いを覚えているのだろうか?
今まで、他人の納棺に携わってきたが、なぜ覚えていないのだろうか?
「故人にこんなことした、遺族の想いに答えた」
これだけで、いいのだ。

長老の方に「痛くないように、してくださいね」
「はい・・・」
96歳の男性で、痩せ型で綺麗な故人でした。
手際よく、納棺して柩に納めました。
長老に尋ねてみると、
「ていねいにやっていただいて、ありがとうございました」
と答えられました。

2009年10月20日

午後から忙しい一日だった

午後一時の葬儀司会を担当していました。
葬儀が終了して、マイク設備を撤去し終わったのが、午後二時半過ぎ。
それから、60キロ離れた納棺するお宅に直行しました。
三時前に葬儀しゃの社長に連絡。
「三時半前には、到着すると思います」
二件葬儀が入っていたので
「自宅はどちらですか。新聞のおくやみ欄を切り抜いて持っていますので、ナビで調べておきます」
「気をつけて、早くきてくだい」と、矛盾のある言葉。。。
高速道路をまっしぐら、日曜日だったので高速割引で750円とラッキー。
高速を降りてからも、休日なので、一般道も少し込み気味。
あせる気持ちでイライラ、信号待ちで煙草をついつい吸ってします。
ようやく、葬儀社に着いて自宅を確認してからすぐ当家に向かった。
ゆとりは無かったが、時間通り納棺を始めることができた。
私のように、葬儀司会と納棺の仕事をしているものは、こんな時間との戦いがまれにあります。
一日に二件以上、仕事があるときは、仕事の充実感がすごくあります。

仕事が終わって汗もたくさん出て、家に帰って体脂肪率を計ってみると、21.5%にもなっていた。
水をゴクゴク飲んだら、また元に戻ってしまった。残念!!

2009年10月14日

玄関から縁からか?柩はどちらから出す

浄土真宗本願寺のお寺様は、真宗でも作法にこだわった宗派でしょうか。
納棺の前にお勤めを行われます。
お勤めの後、法話をされる方(焼香の仕方、お経の意味などなど)
お勤めが終わると、経机を離れ親族全員に焼香をしていただいたりします。
納棺が四時からになっています。
今回は、四時からお勤めをしてから親族に焼香をしてもらいました。
私も廊下で、待っていると近所のお手伝いの女性から
「時間は大丈夫なの?」
「作法は大事ですから、焼香が終るまで待っています。」
しばらくして、後方の焼香にになり、
また、お手伝いの女性は、「お花入れるだけなので」
と、焼香は遠慮されました。
時間も過ぎて、四時二十分。
納棺を始めると、お勤め、焼香の後なので全員正座をしています。
「納棺は時間がかかりますので、どうぞ足を崩してください」
喪主を先頭に男性全員があぐらをかいた。
足を崩してからは、緊張気味だった親族も少し和んだような気がしました。
故人は八十八歳の男性で身体ががっしりした方で、かなり重い。
この時期にしては、かなりの汗をかいてしまった。
柩に納めたときも、肩幅も広く少し狭いような・・
肩をを少し上げ気味で納め、もう一度仏衣を整え、親族にお花を入れていただいた。
同時、故人の着ていた背広を柩に納めさせていただきました。
「柩はどちらから出しますか?」
喪主は、「玄関からでお願いしますが、前は縁から出したなぁ~」
私に「何で縁から出すの?」と質問され、
「玄関から出ると、また玄関に戻って来ようと迷うからです。昔からの言い伝えです。迷信ですがこの地域ではよくみられます。」
喪主の判断で、結論として「縁から柩を出す」と判断されました。
当家が迷っている場合は、質問に対してははっきり答えを出してあげることは、すごく大切なことだと思いました。

2009年10月 7日

台風18号がせまってきています。

台風18号がせまってきています。
明日、早朝上陸する可能性も。
少しづつ、雲行きがあやしくなってきた。

名士の家らしく、建物はすごく立派な家です。
親戚の多く、たくさんの方が納棺の時間を待っていた。
世話方の指示で、「時間励行で行ってください」
納棺の準備も終わり、時間待ちのとき、突然私に声をかけてきた若い女性。
「よろしく、お願いします」
「はい」
何処か会ったような・・
そうです、人材派遣でホールレディをしている女性だった。
故人の姪だそうです。
ホールでいつも、葬儀のお手伝いをしているのでしっかりしていたが、納棺は初めて観るらしく
「いいがに、してください」
よく言われる言葉です。
納棺の仕事で、「いいがに」とは何だろう! といつも考えます。
精一杯の仕事をするだけです。
故人は58歳の男性で、洋服を着ているそうです。
病院で、「着物と服どちらにしますか?」
遺族が、「洋服で」
動揺していたのだろうか、「洋服で」考えもなく答えたそうです。
最近、病院の傾向なのだろうか? 珍しい。

上半身に、ジャンバー・Yシャツ・シャツ、下半身はスラックス。
洋服は簡単にに脱がすことができ、難しくなく布団の中で脱がすことができました。
着せ替えが終わり、布団をはぐると、お孫さんが大きな声で泣きはじめた。
髭を剃り、遺族に顔を綿花で6人に拭いていただいた。
全員涙を流し、特に足の悪い母親が拭く姿が心に残った。
子どもを送る姿、いつもながらだが心を打たれる。

柩には、故人がいつも使っていた枕をひいて納めました。
また、お孫さんが書いた、おじぃちゃんの描いた絵を四枚納めてもらいました。

明日の葬儀は、台風が近づいてきているので心配です。

2009年10月 5日

古い家で、造りがもろい

家は、けっこう古くところどころが腐って底がが抜けそうな家でした。
家の造りも、居間を通り狭い廊下そして仏間と狭い中を通らなくてはならない。
仏間も六帖、縁が二帖と八帖はあるが、タンスや飾り物もたくさんあり、納棺時も親族全員は中には入れない。
狭いながらも、中に入ったのは女性郡ばかり。
着せ替えも終わり、布団をはぐると「上手く着せるもんだね」
頭にドライシャンプーをすると、「頭を洗ってる」
次は、「髭を剃ってる」「鼻毛を切ってる」「鼻くそも取ってる」「化粧してる」
一回、一回、私の動作にものを申してる・・

柩の納棺するときは、男性郡が居間に待機しているので、
「柩にいれますので、男性の方よろしくお願いします」と声をかける。
また、女性郡は、柩に入ってる顔は
「生きているときと同じだね」と連発。。
「え~、まるで生きているいるよ」
「綺麗になったね」
とさまざまに、つぶやいていました。

そんな、特別なことをしたのではないが、女性郡はすごく喜んでいただいた。

また、出棺するときは狭い廊下を通らなくてはならない。
私とスタッフで柩の前後を持って柩を出しました。
故人もかなり体重があったので、腕には柩の跡がいまだに残っている。
大変、重かったよ~~。。

別の話だが、搬送車が家の前まで入るのに、マンホールの蓋を割ってしまった。
マンホールは普通、鉄で出来ているのだが、安く作ってあるのだろうか。プラスチック製で年数が経っているのでもろくも割れてしまったのだろう。
穴の開いた、マンホールの上には、ビール箱とタルキを置いて乗らないように防いだようです。
戦後に作られた家は、簡易に作られている家は、時代が物語っているかも。

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