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2011年3月26日

フィリピン男性の納棺

フィリピンの男性が亡くなり、葬儀会館に直接安置されています。
男性の死因は確認できていません。
まだ、死亡診断書が手続き上出ていません。
担当者によると、エンバーミングを希望されていましたが
エンバーミング料金+空港までの搬送料金+空輸料金+旅費
などでおよそ120万前後用意しなくてはなりません。
エンバーミングを施しするか、こちらで火葬か決めてもらうのに1時間程度待っていたそうです。
結論として、日本で火葬をして自国に持っていくと決断。

調べてみると、
葬儀・葬式はどの国でも同じ厳正な式典。 
フィリピンには、葬儀を行う施設が一般に使われていて、一般的な所得のある人達が使用しているそうです。
このお通夜が何日続くのか分からないのがこの国らしく、身内が外国に出稼ぎに行っているとか外国に住んでいる場合、通常3日から1週間位のお通夜が、実際は何日になるか分からない。
遺体はホルマリンで防腐処理され、その上ドライアイスを入れて変色を防いでいる。
棺桶は顔の部分がガラス、別れを惜しんで来た人は顔を覗ける様になっているそうです。

そして、私の出番・・
親族(妻)?だと思う!!
少し日本ができるらしく、片言だが手振りを交えながら話を進めることができました。
宗教はカトリック。
フィリピンの納棺はどうするのだろうか?
こちらでは、仏式に使う仏衣を用意して確認をしてもらい、「これは日本の喪服にあたります」と説明。
遺族に了解してもらい、納棺の準備にかかります。
すると、部屋にはやたらと女性が多い、また子どもも数人・・
全員一族だろうか、20人はいただろう。
英語のようなフィリピン語が入り混じって話をしているが、さっぱり理解ができない。
少し英語を勉強しておけばよかったなぁ~とつくづく思いました。
4時から納棺になっていたが、教会からシスターが来るので待っていることに。
時間前にシスター2人が到着。
日本語が全然できないようで、手を合わせて聖書を読みたいとアピール。
これがまた長い・・約50分だったろうか。
シスターが2人共帰ってからやっと納棺の儀式が始められました。
通常やっているように仏衣を着せ替えを行っていたが、やたらにデジカメでパチパチ・・
そんなに写さなくてもいいだろう。
珍しい納棺のやり方に感動していたようです。
そして、棺に納めたいのですが、男性は何故か手伝ってくれない。誰一人手伝わない。
遺体の男性なので、一人ではどうしようもない。
仕方ないので、スタッフを呼んできてこちらで棺に納めることに。
遺体には、絶対に触れない風習があるのだろうか?
一族?全員に柩の中に献花をしてもらい、柩を安置させていただきました。
緊張の連続、初めてのフィリピンの方の納棺でした。

2011年3月17日

ひげ剃りの替え刃を途中で交換

立派な家で、バブル時代に建てたものでしょう。
工務店を経営していて、自分のデザインで設計したらしい。
玄関を入ると、高い天井・・・そして大きなシャンデリア
居間に入るドアは、上部を半円にしてありすごくオシャレに造ってある。
三階建てのように見えるが、実は中二階があり、仏間はそこにあった。
その中二階にに遺体が安置してあった。
親族のかなり多く・・納棺のお勤めを待っていた。
若いときから身体を鍛えていたのだろう、がっしりした胸、体重は80キロはあったろうか。
また、腕が長い・・・
仏衣に着せ替えるのがひと苦労でした。
ひげも、かなり濃い・・ひげを剃る音が、ジャリジャリと大きく響き途中で切れ味が悪くなり替え刃に交換。
これほど、ひげ剃りが大変だとは・・・
10分程度ひげを剃っていたのではないだろうか。
剃り終わってから、親族の皆さんは「すごく綺麗になってツヤツヤなったね」
とすごく喜んでいただいた。
「今どきの納棺師床屋は床屋さんと同じことをするんだ」
髪を整え綺麗になって柩に納めました。
ストーブの暑さと熱気、そして緊張の連続で久しぶりに汗を一杯かいだ仕事でした。

2011年3月 3日

うつ伏せの納棺

何件も一日に葬儀が行われると葬儀の片付けや通夜の準備など、納棺時間帯は当日の初七日法要の時間と重なっていて大変葬儀社としては忙しい。
納棺をする社員は三人いるのに、外部に二件納棺を依頼してきました。
今回、私が担当するのは、ホール直接遺体が運ばれ一人暮らしの年配の女性でした。
喪主も姉妹の夫で名字も違っていた、親戚の方も7人。
納棺時間が午後四時、納棺前に読経があるのでしばらくの間事務所で待機をしていました。
葬儀社のスタッフもその時間帯は全員出払っていた、事務員一人でてんやわんわ・・
遺体の状態も聞かず・・
10分ぐらい経過すると入り口の廊下で読経が終了するのを待っていました。
納棺を始めると、なんと「体がうつ伏せ」なっているではないか。
こんな体型で亡くなってしまったのだろう。
さすがにこんな体勢の遺体は始めたです。
もっと先に遺体を見ていれば、やり方もいろいろあったがこのままの状態で着せ替えをして無理な状態にもかかわらず化粧もおこなった。
柩に納めても、顔が45度まで見せるのが精一杯でした。

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