2010年3月 8日

大河ドラマ「武田信玄」の脚本家、田向正健氏死去

田向正健氏(たむかい・せいけん=脚本家)5日、直腸がんのため死去、73歳。

明大卒業後、松竹入社。木下恵介に誘われ、脚本家の道に。昭和62年、テレビドラマ「橋の上においでよ」で第6回向田邦子賞受賞。NHK大河ドラマ「武田信玄」(昭和63年)をはじめ、「信長 King of Zipangu」(平成4年)、「徳川慶喜」(10年)、連続テレビ小説「雲のじゅうたん」(昭和51年)、「ロマンス」(59年)などテレビドラマを中心に数多くの作品を手がけた。

2010年3月 6日

大河ドラマ「武田信玄」の脚本家、田向正健氏死去

田向正健氏(たむかい・せいけん=脚本家)5日、直腸がんのため死去、73歳。

明大卒業後、松竹入社。木下恵介に誘われ、脚本家の道に。昭和62年、テレビドラマ「橋の上においでよ」で第6回向田邦子賞受賞。NHK大河ドラマ「武田信玄」(昭和63年)をはじめ、「信長 King of Zipangu」(平成4年)、「徳川慶喜」(10年)、連続テレビ小説「雲のじゅうたん」(昭和51年)、「ロマンス」(59年)などテレビドラマを中心に数多くの作品を手がけた。

2010年2月27日

「チャンバラトリオ」の南方英二さんが死去

南方英二

ハリセンと本格的な殺陣を組み合わせた時代劇風コントで人気を得たお笑いグループ「チャンバラトリオ」の南方英二(みなかた・えいじ、本名・楠本喜八郎=くすもと・きはちろう)さんが26日午後8時33分、肝硬変のため大阪府内の病院で死去したことが27日、明らかになった。77歳だった。芸人仲間から「頭(かしら)」と慕われた芸歴50年以上の大ベテラン。先月まで劇場に立ち、最後まで現役を貫いた。

ボケ役の顔や頭を「ハリセン」でバシッとたたいて突っ込み、たたかれた方は大げさに痛がる‐。大人気コント「大阪名物ハリセンチョップ」で一世風靡(ふうび)した芸人が逝った。

所属の吉本興業によると、南方さんは20日に体調不良を訴えて大阪府内の病院で診察を受け、肝硬変と診断。入院はせず自宅で静養していたが、26日に容体が急変し、病院に搬送されて息を引き取った。

最後の仕事になったのは1月5日から11日まで出演した大阪・京橋花月での舞台。「特に変わった様子はなく、いつも通りにされていました」(劇場関係者)という。

メンバーの高齢化などもあり、最近は劇場出演は2、3カ月に1回のペースになっていた。しかし、「あれだけのキャリアがあっても舞台では常に全力勝負。後輩の良い見本だった」と関係者は話し、仕事への情熱は一向に衰えていなかった。

ただ、病院は苦手だったようで「定期的に診察を受けるようなこともなかったし、好きなお酒と芸を楽しんでらっしゃったと思います」と芸人らしく生きた人生だった。

リーダーの山根伸介(73)は「あと2年で50周年を迎えることになり、『きれいに幕を下ろしたい』と2人で誓った矢先でした」と突然の死を悼んだ。「残った私が若手や吉本の手を借りて、何とか結成50周年をやり遂げますので見守ってください」とコメントした。

南方さんは故萬屋錦之介さんに師事し、63年に「チャンバラトリオ」を結成。時代劇俳優出身という経歴を生かした本格的な殺陣とハリセンを組み合わせた芸で人気者となり、76年には上方漫才大賞を受賞した。

俳優としても活躍し、北野武監督作品「ソナチネ」などにも出演した。

2010年2月18日

俳優・藤田まことさん死去

藤田まこと

ドラマ「必殺」シリーズやコメディー「てなもんや三度笠」をはじめ、テレビや映画、舞台などで幅広く活躍した俳優の藤田まこと(ふじた・まこと、本名・原田真=はらだ・まこと)さんが17日午前7時25分、大動脈からの出血のため大阪府吹田市の病院で死去した。76歳だった。

藤田さんは2008年に食道にがんが見つかり手術。静養後の09年1月にカムバックしたが、11月に慢性閉塞(へいそく)性肺疾患のため再びドラマを降板して治療に専念。今年1月に時代劇「必殺」シリーズのナレーションの仕事で復帰していた。

東京都出身。無声映画時代のスターだった俳優、藤間林太郎の次男として生まれた。幼少時に関西に転居して、高校卒業後に歌手としてデビュー。司会や声帯模写、物まねなどのタレント活動も行い、1957年の「びっくり捕物帖」や61年の「スチャラカ社員」(いずれも大阪・朝日放送制作)にレギュラー出演したことがきっかけで人気者となった。

62年から白木みのるとのコンビで主役を張った「てなもんや三度笠」(同)が大ヒット。「当たり前田のクラッカー」「耳の穴から指突っ込んで、奥歯ガタガタいわしたる」などのギャグでお茶の間を沸かせた。

73年には、時代劇「必殺」シリーズの第2弾「必殺仕置人」に同心、中村主水(もんど)役で出演。嫁姑に「ムコ殿!」と呼ばれる"昼行灯"の同心が、裏ですご腕の剣士として悪人を葬り去る中年男を熱演。シリーズは昨年の第31弾「必殺仕事人2009」まで続き、主水は当たり役となった。

88年から始まった「はぐれ刑事純情派」では温和で人情に厚いベテラン刑事、安浦吉之助を演じ人気を集めた。そのほか「京都殺人案内」「剣客商売」シリーズなども好評で、映画「日本の青春」「明日への遺言」などで見せたシリアスな演技も評価された。またミュージカル「その男ゾルバ」に主演したり、歌手としても活動するなど、多方面で才能を発揮した。芸術選奨文部大臣賞など受賞は多数で、02年に紫綬褒章受章。

その一方で、1993年に妻が経営する中華レストランが倒産し、約30億円ともいわれる巨額の借金を抱え込んだことも。大阪府豊中市にあった「主水御殿」と呼ばれる自宅を約4億円で売却しても足りず、藤田さんは無休で俳優業に専念して完済した。

関係者によると、06年から大阪府箕面市のマンションに家族とともに住んでいた。

5日放送されたフジテレビ系ドラマ「剣客商売スペシャル 道場破り」で、人情味あふれる老境の剣客姿で時代劇ファンを堪能させたばかり。能村庸一ゼネラルプロデューサーは「時折つらそうにされていたが、芝居に入るとそんな気配はみじんも見せない。本物の役者だった」と、昨秋行われた撮影当時の様子を振り返った。

【藤田まことさんの主な出演作品】

■テレビドラマ

「てなもんや三度笠」(1962~79年)
「必殺シリーズ」(1973~2009年)
「京都殺人案内シリーズ」(1979年~)
「はぐれ刑事純情派シリーズ」(1988年~2009年)
「剣客商売シリーズ」(1998年~2010年)

■映画

「てなもんや三度笠」(1963年)
「日本の青春」(1968年)
「衝動殺人・息子よ」(1979年)
「劇場版必殺シリーズ」(1984~99年)
「はぐれ刑事・純情派」(1989年)
「明日への遺言」(2008年)

■舞台

「東海林太郎物語 歌こそ我がいのち(1985年)」
「その男ゾルバ」(1986年)

藤田 まこと(ふじた・まこと)
本名・原田真。1933年4月13日、東京・豊島区生まれ。父は無声映画で活躍した藤間林太郎、伯父は女形の曽我廼家(そがのや)弁天。京都市で育ち、堀川高を卒業後、歌手のディック・ミネを頼って芸能界入り。その後、兄弟漫才コンビ「中田ダイマル・ラケット」の中田ダイマルに師事してお笑いに。62年のテレビ番組「てなもんや三度笠」で全国区の人気を獲得。73年スタートのテレビ時代劇「必殺仕置人」で再びブレーク。「必殺仕事人」へと続くシリーズの中村主水役で、俳優として不動の地位を確立。02年に紫綬褒章を受章。

「嵐を呼ぶ男」井上梅次監督が死去

「嵐を呼ぶ男」など娯楽作品を数多く手がけ、日活アクション路線の中心的役割を担った映画監督の井上梅次(いのうえうめつぐ)さんが、11日午後6時5分、脳出血のため亡くなった。86歳だった。

1947年慶大卒業後、新東宝に入社。52年、「恋の応援団長」で監督デビューした。55年に日活と契約。57年には石原裕次郎主演の「勝利者」「鷲と鷹」「嵐を呼ぶ男」を続けて発表、裕次郎を一躍大スターに押し上げた。

その後もメロドラマやサスペンス、時代劇など幅広い作品を手がけ、テレビドラマも精力的に演出した。香港に招かれて映画を監督したこともある。83年には、近藤真彦さん主演で「嵐を呼ぶ男」を再映画化した。

2007年公開の「ALWAYS 続・三丁目の夕日」でも、主人公たちが満員の劇場で「嵐を呼ぶ男」を見る場面が、50年代日本の世相の象徴として登場、話題になった。

2010年2月12日

玉置宏さん死去 名司会「1週間のごぶさたでした」

玉置宏

大衆芸能専門館「横浜にぎわい座」館長で司会者の玉置宏(たまおき・ひろし=本名・玉置宏行)さんが11日午前10時33分、脳幹出血のため死去した。76歳だった。

「1週間のごぶさたでした」の名調子で知られるベテラン司会者の玉置さんの"体調不良"は6日に各メディアが一斉に報じ、8日になってから玉置さんの長男・雅史氏が同館を通じて「現在、玉置宏は神奈川県内の病院に入院しております」とコメントを発表していたが、詳しい病状などは明らかにしていなかった。

玉置さんは1956年、明治大学商学部卒業後、文化放送にアナウンサーとして入社。1958年よりフリーとなり司会業に専念し「ロッテ歌のアルバム」(TBS系)、『象印スターものまね大合戦』(テレビ朝日系)、『にっぽんの歌』『昭和歌謡大全集』(テレビ東京系)、『玉置宏の笑顔でこんにちは!』『玉置宏の芸能伝説』(ニッポン放送)、『ラジオ名人寄席』(NHKラジオ第一)などの長寿番組を担当していた。日本司会芸能協会名誉会長。

2010年2月10日

作家 立松和平さん急死

立松和平

小説「遠雷」などで知られ、環境保護活動や「ニュースステーション」などテレビ番組でのぼくとつとした語り口でも親しまれた作家の立松和平(たてまつ・わへい、本名横松和夫=よこまつ・かずお)さんが8日午後5時37分、多臓器不全のため東京都内の病院で死去した。62歳。栃木県宇都宮市出身。

行動する作家として自ら現場に足を運び、自然保護や環境保全を訴えた立松さん。出身地栃木のなまりが残る実直な語り口で親しまれた旅する作家が、天に旅立った。 忘年会では大好きな酒を仲間と飲んだ。正月には、今年で14年目を迎えた奈良・法隆寺での恒例の修行を行い、僧侶のアシスタントとして毎朝5時に起きるなど、元気に1週間を過ごしたばかりだった。 大阪での仕事を終え、1月20日に帰京した際に「風邪をひいた」と訴え、あまりの顔色の悪さに、美千絵さんが病院へ連れて行ったところ、そのまま入院。関係者によると、入院中に病気を併発して手術を受けたが、8日に容体が急変。妻、長女で画家の山中桃子さん、長男でライターの心平さん...最愛の家族にみとられての最期だった。

遺体と対面した関係者によると「おだやかな表情でした」という。 立松さんは早大在学中から小説を評価され、卒業後は宇都宮市役所勤務などを経て文筆業に専念。1980年、都市化する農村の若者を描いた「遠雷」で野間文芸新人賞を受け、脚光を浴びた。後年は仏教への関心を深め、「道元禅師」で泉鏡花文学賞と親鸞賞を受賞した。

小説のほかにも世界各地を旅行して著作を発表。1986年からはテレビ朝日系「ニュースステーション」での中継リポート「立松和平のこころと感動の旅」(1986年~)が人気を集め、環境問題に積極的に発言するなど、多くの分野で活躍した。

93年には雑誌連載中の小説「光の雨」の一部が、元連合赤軍幹部の坂口弘死刑囚の著書と酷似していると指摘され、「安易な形で引用してしまった」と謝罪。この盗用問題を機にテレビへの露出が減った。後に同作は全面的に改稿して発表し、高橋伴明監督の手で映画化もされた。

2010年2月 6日

オリックスの小瀬浩之選手が転落死

小瀬 浩之

プロ野球オリックスは5日、春季キャンプ地の沖縄県宮古島市にある宿舎ホテル敷地内でチームの小瀬浩之外野手(24)が死亡したと発表した。宮古島市消防本部によると、同日午前11時37分ごろ、このホテルの従業員から「男性が血を流して倒れている。呼吸、意識はない」と通報があり、救急隊員が駆けつけた。転落死したとみられる。

沖縄県警は飛び降り自殺の可能性も含め転落原因を調べている。 オリックスは、この日が今月1日のキャンプイン後初めての休日。小瀬選手は前日まで、普段通り練習に励んでいた。

小瀬選手は大阪府出身。香川・尽誠学園高から近大を経て大学・社会人ドラフト3巡目で2008年にオリックスに入団し、1年目に58試合、2年目の昨季は78試合に出場した。3年目の今季はレギュラー獲得に向けて飛躍が期待されていた。

球団によると、現段階でキャンプは予定通り続ける方針。村山良雄球団本部長は「若く有望で、チームになくてはならない選手を失い、大変残念な気持ちでいっぱい」と沈痛な面持ちで語り、岡田彰布監督は「昨日まで一緒に野球をやっていたのに、こんなことは考えられない」と述べた。

2010年1月28日

俳優・夏夕介さん死去

夏夕介

ドラマ「純愛山河 愛と誠」「特捜最前線」などで知られる俳優の夏夕介(本名・田浦久幸)さんが27日、胃がんのため都内の病院で死去した。59歳だった。

夏さんが俳優代表を務める劇団「シアタージャパン」によると、夏さんは昨年夏頃までけいこにも顔を出していたが、秋になって「体調が悪い」と検査を受け胃がんを発見。同11月に手術を受けた。一度は退院したものの年末に再び入院していた。昨年8月、劇団の10周年記念公演でカーテンコールに登場したのが最後の舞台出演となった。

夏さんは1969年、大阪で高校卒業と同時に、歌手の和田アキ子(59)がボーカルを務めるバンド「グランプリーズ」にオルガン奏者として加入。和田がソロ歌手としてプロデビューするのを機に上京。人気グループサウンズのオックスに参加した。

オックス時代から俳優業にも進出。70年に「野良猫ロック・ワイルド・ジャンボ」で映画初出演し、オックス解散後は俳優に専念。74年に少年マガジンの人気漫画をドラマ化したテレビ東京系「純愛山河 愛と誠」に出演しブレーク。79年からテレビ朝日系「特捜最前線」にレギュラー出演。番組で知り合った女優の伊藤めぐみさん(60)と結婚。その後、顔の右半分がまひするハント症候群という病気を患ったこともあったが、00年には「シアタージャパン」を立ち上げるなど精力的に活動していた。

長女の愛花ちさきは宝塚歌劇団・宙組の娘役。この日も悲しみをこらえ東京・宝塚劇場で「カサブランカ」に出演した。

2010年1月25日

ミッキー安川さん告別式

18日に肺炎のため死去したタレント、ミッキー安川(本名・安川実=やすかわ・みのる)さん(享年76)の葬儀・告別式が24日、横浜市戸塚区の親縁寺テンプル斎場で営まれた。

葬儀には、鳩山由紀夫首相(62)や原口一博総務大臣(50)、平沢勝栄衆院議員(64)ら、政財界、芸能界から親交の深かった約400人が参列した。

長男でタレントのマット・安川(37)は、「(代役を務めた12月23日の)ディナーショーを無事終えたことを報告したら、"よかった。みなさんにお礼をしないとな。頼むな"といわれたのが最後でした。これだけの方に思いをこめていただいて、父も大変喜んでいると思います」とあいさつした。