ニュースキャスターで元新聞記者の筑紫哲也、肺癌のため7日死去。73歳。2007年5月TBS報道番組「筑紫哲也 NEWS23」で肺癌を告し、闘病生活を送っていた。
1935年大分県日田市生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科を卒業。
59年朝日新聞社に入社。68年米軍統治下の沖縄特派員として返還交渉を取材。米国ワシントン特派員時代に当時のニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件を取材した。その後外報部次長、編集委員などを歴任。
77-82年テレビ朝日系報道番組「日曜夕刊!こちらデスク」の司会者、84-874年まで雑誌「朝日ジャーナル」編集長を務めた。編集長時代に「若者たちの神々」「新人類の旗手たち」など連載企画を打ちだし、「新人類」という言葉を生んだ。
89年朝日新聞社を退職。TBS系報道番組「NEWS23」のメーンキャスターに抜擢され、07年まで務めた。
このほか早稲田大学大学院公共経営研究科客員教授、立命館大学客員教授を務めた。
ニュースキャスターで元新聞記者の筑紫哲也(ちくし・てつや)氏が7日午後、肺がんのため、東京都内の病院で死去した。73歳。
平成19年5月、メーンキャスターを務めるTBSの報道番組「筑紫哲也NEWS23」の放送中に、自ら肺がんであることを告白。手術後の番組への復帰を約束し、闘病生活に入っていた。
昭和10年生まれ。早稲田大学を卒業後、朝日新聞社に入社。新聞記者として政治部や本土返還前の沖縄特派員、米国ワシントン特派員などを歴任。同社記者として昭和52年から約5年間、テレビ朝日系の報道番組「日曜夕刊!こちらデスク」の司会者を務め"異色の新聞記者"として話題を集めた。また、朝日新聞が発行していた週刊誌「朝日ジャーナル」で昭和59年から約3年間、編集長を務めた。編集長時代に手掛けた連載企画「若者たちの神々」「新人類の旗手たち」などでは、さまざまなジャンルの一線で活躍する若者を取り上げ、「新人類」という言葉を生み出した。
平成元年に朝日新聞社を退職。当時、高い視聴率を得ていたテレビ朝日系の報道番組「ニュースステーション」に対抗してTBS系で同年から始まった報道番組「NEWS23」のメーンキャスターに抜擢(ばってき)された。


