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2009年4月25日

元タレント清水由貴子さん

清水由貴子

 20日に、父の墓前である静岡県小山町の冨士霊園で、硫化水素を吸い込み自殺したタレント、清水由貴子さん(享年49)の密葬が24日、同県御殿場市の青葉ホールでしめやかに営まれた。

 清水さんが以前、所属していた事務所の先輩、角川博(55)や後輩、櫻井淳子(36)ら約50人が参列。1978年から98年まで放送されたテレビ東京系「ザ・スターボウリング」で清水さんと司会を務めたタレント、黒部幸英(53)は「人の悲しみをひとつ聞くと10わかる、ほんといい子なんです」と肩を落とすと、自ら命を絶った清水さんに「遺影を見て、バカヤローって叫びました」と号泣...。

 清水さんの戒名は「慈孝由和清大姉(じこうゆうわせいだいし)」。介護を続けた母に対する愛情に満ちた人生を意味する。棺には大好きだった色とりどりの花が入れられた。

 密葬では、喪主の妹(42)が「お姉ちゃんが頑張ったのに、こういう結果になって残念ですが、これからは私が一生懸命、母を支えます」と涙をこらえあいさつ。気丈な振る舞いが、参列者の涙を誘っていた。自殺した清水さんと雨の中、一昼夜をともに過ごした母(84)は、同市内の病院に高血圧と発熱で入院中。事務所によると「命に別条はないが、妹さんの問いかけにも、『うーっ』とうなるだけの状態」だという。告別式は25日に同所で。

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21日午後1時すぎ、静岡県小山町の富士霊園で、元タレント清水由貴子さん(49)=東京都武蔵野市=が死亡しているのが見つかった。80歳前後の女性が一緒におり、病院に運ばれたが命に別条はない。高齢の女性は清水さんの母親とみられ、県警御殿場署は現場の状況から、2人が自殺を図ったとみて調べている。

 県警や消防によると、霊園の男性職員が墓石前で横向きに倒れた清水さんと、車いすに乗った高齢女性を見つけ、119番した。2人の近くには遺書のようなものと洗剤の容器などが入ったポリ袋があり、硫化水素を発生させたとみられる。

2009年4月20日

ジャガーズ岡本信さん

岡本信

 「君に会いたい」「キサナドゥーの伝説」などのヒットで1960年代のGSブームを支えたザ・ジャガーズのボーカル、岡本信(おかもと・しん)さんが、都内の自宅マンションの風呂場で変死していたことが19日、分かった。59歳だった。この日、横浜市内で岡本さんの還暦パーティーが開かれる予定だったが、連絡が取れないことから、知人が自宅を訪れ発見。メンバーの宮ユキオ(65)、沖津ひさゆき(62)は「あまりにも急すぎる」と絶句した。  甘いマスクと歌声でGSブームを牽引し、絶大な人気を誇った岡本さんが、突然逝った。

 「きょうは信の還暦を祝ってパーティーをやる予定だったのに...。皮肉だよね」

 サンケイスポーツの電話取材に、ジャガーズのリードギターで、現在ほかのバンドで活動する沖津は、落ち込んだ声で、そう答えた。

 20日、60歳になる岡本さんのために、沖津やファンが中心となって、横浜市内で一日早い還暦祝賀会を開く予定だった。が、前日18日から急に岡本さんと連絡が取れなくなり、心配した沖津が19日昼、知人女性に様子を見てほしいと依頼。東京・北区西ケ原の自宅を訪れた知人が午後2時過ぎ、水を張った浴槽に裸でつかったまま死亡している岡本さんを発見したという。

 110番通報で駆けつけた警視庁滝野川署員は変死とみて捜査。同署では目立った外傷がなく、遺書なども見つかっていないことから事件性はないとし、現在、死因や死亡時刻を調べている。

 離婚歴があり一人暮らしだった岡本さん。ザ・ジャガーズのデビュー曲「君に会いたい」で、いきなりミリオンヒットを飛ばし、甘いマスクと歌声で女性を中心に人気を集めた。71年の解散後もソロ歌手やミュージカル俳優として活躍した。

 ただ、最近は肝臓を患い、闘病生活を送っていた。沖津は「ずっと具合が悪かったとは聞いていたんですけど。何度か入退院を繰り返していて...」。リーダーでドラムの宮も「1、2年前に会った時に『あまり調子が良くない』って言っていてね。見た目も痩せていたし。もっと自分の体に気を遣ってほしかった...」と唇を噛みしめた。

 沖津は「もう40年のつき合い。親友でしたから。まだ気持ちの整理はついてないけど、『ちょっと、お前早いよ』と言ってやりたい」。宮も「俺より早く死ぬなよ、バカ...」と言葉を詰まらせ、沖津とともに「彼のために追悼ライブをやりたい」と再結成公演を誓った。

2009年4月17日

作家の上坂冬子

 近現代史に切り込む著作で知られるノンフィクション作家、上坂冬子(かみさか・ふゆこ、本名・丹羽ヨシコ)さんが14日、東京都内の病院で死去したことが分かった。78歳だった。

昭和5年、東京都に生まれた。名古屋文化学園を卒業後、勤務した自動車会社の労働争議にテーマをとった作品で昭和34年に第1回「思想の科学」新人賞を受賞。その後、戦犯、中国・台湾、北方領土、原発問題など幅広い分野で数々の作品を生んだ。きめ細かな取材と冷静な事実検証に定評があり、菊池寛賞、第9回正論大賞を受賞した。

北方領土ではロシアによる占拠の非を訴え、平成16年、四島の一つ国後(くなしり)島に本籍地を移して自ら返還運動にも参加した。正論の最後の原稿(昨年6月26日付)も、北海道沖でロシア警備艇に銃撃された日本漁船の扱いをめぐる外務省の不手際に苦言を呈するものだった。

最近では、病をおして本紙1面コラム「老いの一喝(いっかつ)」を執筆、その反骨精神に裏打ちされた歯切れのよい社会評論が注目された。3月21日付の「郷愁誘う戦時下の童謡」では「戦時中に歌われていたのを、軍国歌謡として毛ギライする人もあるが、あまりに浅はかで無分別だ。いい歌が多い」と見直しを訴えた。

また、若者の育成のため設けた「産経志塾(しじゅく)」では昨年12月、車いすで講師をつとめ、若い塾生たちを前に、生きるうえでの「志(こころざし)」の大切さを力説した。

2009年4月14日

小松則幸さん死亡...滝で修行中

小松則幸

 13日午後4時半ごろ、大津市葛川坊村(かつらがわぼうむら)町の比良山系の三ノ滝(幅約2メートル、落差約20メートル)で、滝伝いにがけを下っていたプロボクサーの小松則幸さん(29)=グリーンツダボクシングクラブ所属=の姿が見えなくなったと、同行していたトレーナーらが滋賀県警大津北署に連絡した。同日午後6時25分ごろ署員や消防隊員が滝つぼの底から小松さんを引き揚げたが、死亡した。小松さんは5月に亀田大毅選手との試合を控え、滝で精神修行中だったという。

 同署によると小松さんは数日前、ボクシングの合宿のために京都市の寺に宿泊。寺から「精神修行に適した滝がある」と聞き、トレーナー兼マネジャーや知人ら4人と13日に三ノ滝に向かった。滝付近は足場が急で小松さんは1人で滝つぼ付近にたどり着いたが、その後姿が見えなくなったという。

 小松さんは大阪府寝屋川市出身。東洋太平洋フライ級王座2度獲得(5度防衛)の実績を持つ。05年には世界ボクシング評議会(WBC)フライ級のタイトル戦に挑み、同級王者、ポンサクレック・クラティンデーンジム(タイ)にTKO負けした。前田和久チーフトレーナーは「何が起こったのかとぼうぜんとしている。ジムの仲間もショックを受けている」と振り絞るように話した。

 亀田ジムの五十嵐紀行会長は「大毅に知らせたところ相当ショックを受けている様子だった」とのコメントを出した。

2009年4月 4日

美浦トレーニングセンター調教師 蛯名信広師

蛯名信広

 茨城県稲敷郡美浦(みほ)村にある日本中央競馬会(JRA)の美浦トレーニングセンターで3日午前6時35分ごろ、同トレセン所属の蛯名信広(えびな・のぶひろ)調教師(56)が管理馬に胸を蹴られ死亡した。JRAによると、記録が残っている期間では現役の調教師が調教中の事故で死亡したのは初めてのケースだという。

 春競馬のクラシックシーズンを目前に控え、中央競馬の現役調教師が競走馬に蹴られて死亡するというショッキングが事故が起こった。

 茨城県警稲敷署によると、蛯名師は美浦トレセン内の北馬場にある角馬場(コース調教に出る前の準備運動を行う馬場)で管理する3歳牡馬の障害練習に立ち会っていたという。

 地面に置いた丸太をまたがせる初期調教を行うため、馬の後ろ側に回って動くように促したが馬がちゅうちょしたため、手にしていた引き綱で叩いた。その際、馬が暴れて後ずさりして、後肢で胸部を蹴られたようだ。

 午前6時40分に出動要請を受けた救急車が現場に到着した際には、すでに心肺停止の状態だった。トレセン近くの美浦中央病院に緊急搬送されたが、意識が戻ることはなく午前9時50分に死亡が確認された。右胸部打撲による心肺停止とみられている。

 蛯名師は千葉県出身で、JRAの蛯名正義騎手は遠い親せきにあたる。騎手候補生を経て74年3月に騎手デビュー。「白い逃亡者」と称されたホワイトフォンテンで75年の毎日王冠を逃げ切るなど重賞は6勝。通算284勝を挙げた。93年に騎手を引退して調教師に転身。昨年までに153勝を挙げていたが、今年は未勝利。きょう4日の中山競馬に2頭の管理馬を送り出し、初勝利を目指していた矢先のアクシデントだった。

 ▼過去の死亡事故 JRAによると、美浦、栗東トレセン内で調教中の調教助手、厩務員の死亡事故は88年以降で11件起きているという。また地方競馬では04年6月7日、千葉県船橋競馬場の厩舎地区で函館喜弘調教師(64)が午後運動中の馬に蹴られ、外傷性心破裂のため死亡した。

2009年4月 2日

俳優 大木実さん

大木実

 大木実さん85歳(おおき・みのる<本名・池田実=いけだ・みのる>俳優)30日、すい臓がんのため死去。

大阪市生まれ。撮影所で照明係として働いていた時、スカウトされ俳優の道へ。51年に映画「ああ青春」でデビュー。「路傍の石」「張込み」「妻あり子あり友ありて」など映画多数に出演した。その後、東映の時代劇や任侠(にんきょう)映画で活躍。「水戸黄門」や大河ドラマ「独眼竜政宗」など時代劇を中心にテレビドラマにも数多く出演した。