バンド「RCサクセション」やソロで活躍したロックシンガーの忌野清志郎(本名:栗原清志)、癌性リンパ管症のため東京都内の病院で2日死去、58歳。
1951年東京都中野区生まれ。都立日野高等学校を卒業。
70年アコースティック編成のバンド「RCサクセション」でデビュー。シングルデビュー曲は「宝くじは買わない」。その後R&Bの色合いを強め「雨あがりの夜空に」「トランジスタ・ラジオ」「スローバラード」などがヒット。85年RCサクセションとして独立事務所「うむ」を設立。87年初のソロアルバム「RAZOR SHARP」をリリース。
91年RC無期限活動休止し、個人事務所「ベイビィズ」を設立。93年プライベートスタジオ「ロックンロール研究所」を設立した。
95年映画「119」の音楽担当として日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞。同年インディーズレーベル「SWIM RECORDS」設立。
その活動は「キング・オブ・ロック」の称号で讃えられた。
音楽活動のほか、俳優活動、絵本の執筆など活動は多岐に渡る。自転車愛好家としても知られた。
反原発の楽曲を含むアルバム「カバーズ」、パンク風に編曲した「君が代」を収録したアルバム「冬の十字架」がともに発売中止になり物議を醸す。「北朝鮮に行きたい」と歌うなど、社会問題を果敢に曲に取り込むことでも知られた。しかし、運動の象徴となることは拒否してきた。
06年喉頭癌治療のための休業宣言、その後復活ライブ。08年左腸骨への転移が見つかり、ライブ活動をキャンセルし通院治療していた。


