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三沢光晴

プロレスラーでプロレスリング・ノア社長の三沢光晴(本名:三澤光晴)、試合中に倒れ心肺停止状態で広島大学病院に救急搬送され頸髄損傷ため13日死去、46歳。

広島県立総合体育館で開かれたノア広島大会で、対戦相手の齋藤彰俊のバックドロップを浴びた際、頭から落ちて動けなくなった。医師だという観客の男性によりリング上でAED(自動体外式除細動器)で蘇生措置を施されたが、病院搬送後に死亡が確認された。

1962年北海道夕張市生まれ、埼玉県越谷市育ち。足利工業大学附属高校を卒業。81年全日本プロレスに入門し、越中詩郎を相手にプロレスデビュー。82年プロレス大賞・新人賞獲得。84年メキシコ遠征をへて、2代目タイガーマスクに変身。88年結婚と同時にタイガーマスクの正体を公表する。

92年ハンセンの持つ三冠統一ヘビー級王座に挑戦し、第10代王者となる。99年ジャイアント馬場が逝去、ジャンボ鶴田が引退。全日本社長に就任する。00年全日本に退団届を郵送。「株式会社プロレスリング・ノア」を立ち上げる。06年グローバル・レスリング連盟初代会長に就任。
新日本プロレスの蝶野正洋、全日本プロレスの武藤敬司とともに、日本の男子プロレス界の頂点に君臨する。