米歌手のマイケル・ジャクソン(Michael Joseph Jackson)、心臓発作のためロサンゼルスで25日死去、50歳。自宅近くのカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医療センターに呼吸停止の状態で運ばれ、死亡が確認された。
1958年インディアナ州ゲーリー生まれ。10人兄弟姉妹の7番目。66年4人の兄たちと「ジャクソン5」結成。67年ニューヨークのアポロ劇場に進出し、タレントコンテストで優勝。68年モータウンと正式契約。69年シングル「帰ってほしいの」(I want you back)でメジャーデビュー。
71年シングル「Got To Be There」でソロデビュー。75年モータウンを離脱し、エピック・レコードへ移籍。78年クインシー・ジョーンズをプロデューサーに迎え「Off The Wall」を制作。初の作詞作曲を手がけた先行シングル「Don't Stop 'Til You Get Enough」で全米チャートを制覇。「Rock With You」でビルボード4週連続1位。
82年「Billie Jean」「Beat It」「Thriller」と新しい形のミュージック・ビデオの発表。とくに「Thriller」は全米チャートで37週にわたり1位となり、1億400万枚の世界最高枚数の売り上げ記録した。85年エチオピア難民救済チャリティーを目的としたUSA for AFRICAに参加し、「We Are The World」をライオネル・リッチーと共作。このほか多数のヒット曲をだし、ムーンウォークなどのダンスが人気を呼び、「キング・オブ・ポップ」と呼ばれた。2006年10月末現在でアルバム、シングル、ビデオの世界総売上げは7億5000万枚以上。
93年性的虐待疑惑で訴えられ、ワールドツアーを途中で断念。94年ドミニカでリサ・マリー・プレスリーと電撃結婚。96年デビー・ロウと2度目の結婚。03年性的虐待疑惑で逮捕。
09年8月28日ロサンゼルス検視当局が死因を公式発表。急性プロポフォール中毒としたうえで、第1の死因がプロポフォールとロラゼパムの複合使用であると指摘した。
歌だけでなく「ムーンウオーク」など斬新なダンスで世界中を魅了したスーパースター、マイケル・ジャクソンさん(50)。訃報(ふほう)をニュースで知ったファンたちは25日、搬送先の米ロサンゼルス市内の病院に続々と集まり「自分の人生の一部だった」と早過ぎる死を嘆いた。
ジャクソンさんの死亡が確認されたUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)メディカルセンターでは、殺到した数百人の報道陣やファンのため敷地の一角をテープで囲み規制を敷いた。14歳の時から寝室の壁にジャクソンさんのポスターを張っているというドーン・バージェスさん(43)は「ただショックです。彼は人生の一部のようでした」と沈痛な面持ちで話した。訃報は子供を学校へ迎えに行った途中にラジオで知り、涙があふれ出した。家に帰らず「敬意を示すため」病院へ向かったという。
近くに住むキシャ・ロケットさん(35)も「だれも彼のような人はいない。驚異的で比類のない人だった」と話し、こぼれる涙をぬぐった。2人の子供を車に乗せて病院を訪れ、「施設の外で(ジャクソンさんの)家族を支える」と話す。ジャクソンさんにはスキャンダルも多かったが「ひどく誤解された人だった。何があろうと私はマイケル・ジャクソンの味方。愛と思いやりに満ちて、それをいつも示そうとしていた」と振り返った。
母親からの電話で知ったティム・カルフーンさん(45)は「『ビリー・ジーン』『ビート・イット』『マン・イン・ザ・ミラー』......、大好きな曲はたくさんある」とジャクソンさんの功績をたたえ、「間違いなく世界中の何千、何万の人が彼の死を惜しむよ」と肩を落とした。
ロサンゼルス・ベルエア地区にあるジャクソンさんの家の前にも、訃報を聞いたファンや報道陣が集まった。ロサンゼルス・タイムズ紙(電子版)は、活動再開を心待ちにしていた近所の女性ファンの「(ジャクソンさんの死が)信じられない」と語る声などを報じた。


