俳優の森繁久彌(旧姓:菅沼)、東京都内の病院で老衰のため10日死去、96歳。
1913年大阪府枚方町(現:枚方市)生まれ。7歳の時に母方の祖父の姓を継いで「森繁」姓となる。34年早稲田大学商学部に入学し、演劇部で活動。36年軍事教練を拒否して大学を中退し、東京宝塚(現:東宝)新劇団に入団。その後は数々の劇団を渡り歩く。39年NHKアナウンサー試験に合格し、満州電信電話の放送局に勤務。敗戦でソ連軍に連行されるが、46年帰国。
47年衣笠貞之助監督「女優」に端役で映画初出演。50年新東宝の「腰抜け二刀流」で映画初主演。その後、東宝の「社長シリーズ」「駅前シリーズ」などで主役を務め、人気を博した。55年豊田四郎監督「夫婦善哉」で、名演技が認められる。
テレビでも草創期から活躍しドラマ「七人の孫」「だいこんの花」などに出演。59-65年までNHK紅白歌合戦に歌手として7年連続出場した。
59年「森繁劇団」を結成し、持続的に演劇活動を行う。ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」は900回に渡りユダヤ人・テヴィエ役を演じ、代表作となった。
82年日本俳優連合の理事長に就任。86年早稲田大学から卒業証書を受け、正式に卒業を認められた。91年大衆芸能の分野で初の文化勲章を受章。04年正月放送「向田邦子の恋文」が最後の俳優活動となった。07年日本俳優連合の名誉会長となる。