
小説「遠雷」などで知られ、環境保護活動や「ニュースステーション」などテレビ番組でのぼくとつとした語り口でも親しまれた作家の立松和平(たてまつ・わへい、本名横松和夫=よこまつ・かずお)さんが8日午後5時37分、多臓器不全のため東京都内の病院で死去した。62歳。栃木県宇都宮市出身。
行動する作家として自ら現場に足を運び、自然保護や環境保全を訴えた立松さん。出身地栃木のなまりが残る実直な語り口で親しまれた旅する作家が、天に旅立った。 忘年会では大好きな酒を仲間と飲んだ。正月には、今年で14年目を迎えた奈良・法隆寺での恒例の修行を行い、僧侶のアシスタントとして毎朝5時に起きるなど、元気に1週間を過ごしたばかりだった。 大阪での仕事を終え、1月20日に帰京した際に「風邪をひいた」と訴え、あまりの顔色の悪さに、美千絵さんが病院へ連れて行ったところ、そのまま入院。関係者によると、入院中に病気を併発して手術を受けたが、8日に容体が急変。妻、長女で画家の山中桃子さん、長男でライターの心平さん...最愛の家族にみとられての最期だった。
遺体と対面した関係者によると「おだやかな表情でした」という。 立松さんは早大在学中から小説を評価され、卒業後は宇都宮市役所勤務などを経て文筆業に専念。1980年、都市化する農村の若者を描いた「遠雷」で野間文芸新人賞を受け、脚光を浴びた。後年は仏教への関心を深め、「道元禅師」で泉鏡花文学賞と親鸞賞を受賞した。
小説のほかにも世界各地を旅行して著作を発表。1986年からはテレビ朝日系「ニュースステーション」での中継リポート「立松和平のこころと感動の旅」(1986年~)が人気を集め、環境問題に積極的に発言するなど、多くの分野で活躍した。
93年には雑誌連載中の小説「光の雨」の一部が、元連合赤軍幹部の坂口弘死刑囚の著書と酷似していると指摘され、「安易な形で引用してしまった」と謝罪。この盗用問題を機にテレビへの露出が減った。後に同作は全面的に改稿して発表し、高橋伴明監督の手で映画化もされた。


