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俳優・藤田まことさん死去

藤田まこと

ドラマ「必殺」シリーズやコメディー「てなもんや三度笠」をはじめ、テレビや映画、舞台などで幅広く活躍した俳優の藤田まこと(ふじた・まこと、本名・原田真=はらだ・まこと)さんが17日午前7時25分、大動脈からの出血のため大阪府吹田市の病院で死去した。76歳だった。

藤田さんは2008年に食道にがんが見つかり手術。静養後の09年1月にカムバックしたが、11月に慢性閉塞(へいそく)性肺疾患のため再びドラマを降板して治療に専念。今年1月に時代劇「必殺」シリーズのナレーションの仕事で復帰していた。

東京都出身。無声映画時代のスターだった俳優、藤間林太郎の次男として生まれた。幼少時に関西に転居して、高校卒業後に歌手としてデビュー。司会や声帯模写、物まねなどのタレント活動も行い、1957年の「びっくり捕物帖」や61年の「スチャラカ社員」(いずれも大阪・朝日放送制作)にレギュラー出演したことがきっかけで人気者となった。

62年から白木みのるとのコンビで主役を張った「てなもんや三度笠」(同)が大ヒット。「当たり前田のクラッカー」「耳の穴から指突っ込んで、奥歯ガタガタいわしたる」などのギャグでお茶の間を沸かせた。

73年には、時代劇「必殺」シリーズの第2弾「必殺仕置人」に同心、中村主水(もんど)役で出演。嫁姑に「ムコ殿!」と呼ばれる"昼行灯"の同心が、裏ですご腕の剣士として悪人を葬り去る中年男を熱演。シリーズは昨年の第31弾「必殺仕事人2009」まで続き、主水は当たり役となった。

88年から始まった「はぐれ刑事純情派」では温和で人情に厚いベテラン刑事、安浦吉之助を演じ人気を集めた。そのほか「京都殺人案内」「剣客商売」シリーズなども好評で、映画「日本の青春」「明日への遺言」などで見せたシリアスな演技も評価された。またミュージカル「その男ゾルバ」に主演したり、歌手としても活動するなど、多方面で才能を発揮した。芸術選奨文部大臣賞など受賞は多数で、02年に紫綬褒章受章。

その一方で、1993年に妻が経営する中華レストランが倒産し、約30億円ともいわれる巨額の借金を抱え込んだことも。大阪府豊中市にあった「主水御殿」と呼ばれる自宅を約4億円で売却しても足りず、藤田さんは無休で俳優業に専念して完済した。

関係者によると、06年から大阪府箕面市のマンションに家族とともに住んでいた。

5日放送されたフジテレビ系ドラマ「剣客商売スペシャル 道場破り」で、人情味あふれる老境の剣客姿で時代劇ファンを堪能させたばかり。能村庸一ゼネラルプロデューサーは「時折つらそうにされていたが、芝居に入るとそんな気配はみじんも見せない。本物の役者だった」と、昨秋行われた撮影当時の様子を振り返った。

【藤田まことさんの主な出演作品】

■テレビドラマ

「てなもんや三度笠」(1962~79年)
「必殺シリーズ」(1973~2009年)
「京都殺人案内シリーズ」(1979年~)
「はぐれ刑事純情派シリーズ」(1988年~2009年)
「剣客商売シリーズ」(1998年~2010年)

■映画

「てなもんや三度笠」(1963年)
「日本の青春」(1968年)
「衝動殺人・息子よ」(1979年)
「劇場版必殺シリーズ」(1984~99年)
「はぐれ刑事・純情派」(1989年)
「明日への遺言」(2008年)

■舞台

「東海林太郎物語 歌こそ我がいのち(1985年)」
「その男ゾルバ」(1986年)

藤田 まこと(ふじた・まこと)
本名・原田真。1933年4月13日、東京・豊島区生まれ。父は無声映画で活躍した藤間林太郎、伯父は女形の曽我廼家(そがのや)弁天。京都市で育ち、堀川高を卒業後、歌手のディック・ミネを頼って芸能界入り。その後、兄弟漫才コンビ「中田ダイマル・ラケット」の中田ダイマルに師事してお笑いに。62年のテレビ番組「てなもんや三度笠」で全国区の人気を獲得。73年スタートのテレビ時代劇「必殺仕置人」で再びブレーク。「必殺仕事人」へと続くシリーズの中村主水役で、俳優として不動の地位を確立。02年に紫綬褒章を受章。