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2010年4月21日

フアン・アントニオ・サマランチ

前国際オリンピック委員会(IOC)会長のフアン・アントニオ・サマランチ(Juan Antonio Samaranch)、心臓及び呼吸機能不全のためスペインのバルセロナの病院で21日死去、89歳。1920年バルセロナ生まれ。

66年にフランコ独裁政権のもとでスポーツ長官に就任、同年IOC委員となる。74-78年までIOC副会長。77-80年までスペインの駐ソ連・駐モンゴル大使を務める。この間の80年第7代IOC会長に就任。01年退任し、終身名誉会長となる。

五輪スポンサー制度の導入やテレビ放送権料により巨額資金を確保し、IOCの財政基盤を確立。バスケットボールやテニスなどプロ選手へも五輪出場を主導した。一方で独裁的かつ密室政治の文化への批判も大きかった。

2010年4月14日

ばばこういち

放送ジャーナリストのばばこういち(本名:馬場康一)、心不全のため東京都渋谷区の病院で9日死去、77歳。

1933年大阪府生まれ、山形県育ち。東北大学経済学部を卒業、大和證券に入社。その後、文化放送、フジテレビ、東京12チャンネル(現:テレビ東京)に勤務。66年フリーの放送ジャーナリストとなる。

ラジオ番組「青春インタビュー」やTV番組「アフタヌーンショー」「長谷川肇モーニングショー」などに出演。77年中山千夏らと革新自由連合を結成、参議院選に出馬するが落選。
著書に「されどテレビ半世紀」など。

ジャーナリストの堤未果は娘、川田龍平は娘婿。

2010年4月11日

井上ひさし

作家・劇作家の井上ひさし(本名:井上廈)、肺癌のため神奈川県鎌倉市の自宅で9日死去、75歳。

1934年山形県小松町(現:川西町)生まれ。カトリック修道会ラ・サール会の孤児院(現;児童養護施設)「光が丘天使園」で育ち、洗礼を受ける。上智大学文学部ドイツ語学科に入学するが、その後休学し岩手県の国立釜石療養所の事務職員となる。フランス語に専攻を変えて復学し卒業。在学中から浅草のストリップ劇場フランス座などで台本を書く。

卒業後、山元護久とともにTV人形劇「ひょっこりひょうたん島」を書く。72年戯曲「道元の冒険」で岸田国士戯曲賞、小説「手鎖心中」で直木賞受賞。84年自作戯曲を上演する「こまつ座」を旗揚げする。
代表作に戯曲「父と暮せば」「人間合格」、小説「吉里吉里人」(日本SF大賞) 「四千万歩の男」など。

04年大江健三郎や梅原猛らとともに護憲を訴える「九条の会」を結成。戦争責任や平和、農業など多岐にわたる発言で知られた。闘病中も沖縄戦を取り上げた戯曲「木の上の軍隊」を準備していた。

04年文化功労者、09年日本芸術院会員。読売文学賞、吉川英治文学賞、谷崎潤一郎賞、川端康成文学賞、菊池寛賞、講談社エッセイ賞など受賞多数。日本ペンクラブ会長も務めた。

2010年4月10日

星川清司

直木賞作家で脚本家の星川清司(本名:星川清)、肺炎のため東京都練馬区の病院で2008年7月25日死去。86歳。遺言により死亡はこれまで公表されなかった。

1921年東京市下谷区生まれ。旧制山形高校中退。脚本家を志し、56年大映東京撮影所と契約、その後日活とも契約を結ぶ。62年大映京都撮影所と契約し、京都へ移る。市川雷蔵主演の「眠狂四郎」シリーズで第1作から7作まで脚本を手がける。70年TVドラマ「わが父北斎」で芸術祭優秀賞とイタリア賞グランプリを受賞。
90年「小伝抄」で直木賞を受賞した。

2010年4月 7日

木村拓也

プロ野球巨人コーチの木村拓也、蜘蛛膜下出血のため広島市の病院で7日死去、37歳。2日の広島戦(マツダスタジアム)の試合前のシートノック中に突然倒れ、意識不明のまま広島市内の病院に入院していた。

1972年宮崎市生まれ。県立宮崎南高校で甲子園に出場。90年ドラフト外で日本ハム入団。94年オフに広島に移籍。06年シーズン中に巨人に移籍。09年現役を引退。10年巨人の内野守備走塁コーチに就任。
現役18年間で1523試合出場、通算成績は打率.262、本塁打53本。

04年アテネ五輪で野球日本代表に選出。

2010年4月 3日

堀之内久男

堀之内久男さん85歳(元自民党衆院議員、元郵政相)31日、肺炎のため死去。

旧中郷村(現都城市)生まれ。中郷村長、県議、都城市長を経て76年の衆院選に出馬し初当選。89年に農相を務めたが、翌年落選。93年に返り咲き、96年に郵政相に就任した。03年に政界を引退した。

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