ラッシャー木村
元プロレスラーでプロレスリング・ノア終身名誉選手会長のラッシャー木村(本名:木村政雄)、腎不全による誤嚥性肺炎のため24日死去、67歳。
1941年北海道出身。天塩高校を卒業後、大相撲の宮城野部屋に入門し、58年3月初土俵。四股名は木ノ村、最高位は幕下20枚目。64年廃業。
日本プロレスに入門。東京プロレスから国際プロレスに移籍。国際プロレス時代は過激なデスマッチで名を上げ「金網の鬼」の異名を取り、75年IWA世界ヘビー級王座を獲得した。
国際プロレスの解散後は新日本プロレスに参戦。前田日明らと第1次UWFにも参加したが離脱。その後、全日本プロレスに移籍し、ジャイアント馬場とタッグを組み人気が高まった。マイクパフォーマンスは有名で、数多くの名文句を生み出した。試合後、観客からマイクパフォーマンスを求めるコールが起こるほどだった。
馬場没後の00年、全日本のエースだった三沢光晴が立ち上げたノアに参戦。前座試合で人気を博す。03年日本武道館大会を最後に体調不良により長期休養に入る。同年ノアの終身名誉選手会長に就任。07年ビデオレターで引退を表明。


