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2010年7月14日

つかこうへい

劇作家・小説家のつかこうへい(本名:金峰雄、日本の通名:金原峰雄)、肺癌のため千葉県内の病院で10日死去、62歳。今年1月肺癌の告知を受け、抗癌剤投与の治療を受けていることを公表。その後闘病生活を送っていた。

1948年福岡県生まれ。在日韓国人2世。慶応大学文学部在学中から戯曲を書き、早稲田大学の学生劇団に参加。アングラ演劇第二世代の劇作家、演出家として活動を開始。大学は中退する。
「戦争で死ねなかったお父さんのために」「初級革命講座 飛龍伝」などを演出し、74年「熱海殺人事件」は49年に岸田國士戯曲賞を受賞。同年、劇団つかこうへい事務所を設立。台本なしの口立て稽古や、装置のない裸舞台などが若い層の支持を得る。70年代から1980年代にかけて演劇界に"つかブーム"を巻き起こした。

82年「蒲田行進曲」の小説版が直木賞を受賞、深作欣二監督による映画も大ヒットした。劇団からは風間杜夫、平田満、三浦洋一ら多くの俳優を輩出したが、事務所はその後解散した。

94年東京都北区と協力し、「★☆北区つかこうへい劇団」を創設。日本初の行政によるバックアップを受けた劇団として関心を集めた。96年大分市と協力し「大分市つかこうへい劇団を創設」(00年12月解散)。98年北海道北広島市に「つかこうへい北海道演劇人育成セミナー」を開設し、地方文化の発信と演劇の育成に尽力した。

ゴールデン・アロー賞演劇賞、紀伊國屋演劇賞団体賞受賞、日本アカデミー賞最優秀脚本賞、読売文学賞受賞などを受賞。

2010年7月10日

梅棹忠夫

民族学者で国立民族学博物館初代館長の梅棹忠夫、老衰のため大阪府内の自宅で3日死去、90歳。

1920年京都市出身。京都大学理学部で動物学を専攻。今西錦司に師事。モンゴルや東アフリカなどでの調査を通じて独自の文明論を展開。57年「文明の生態史観序説」が大きな反響を呼び論争を巻き起こした。し、日本における文化人類学のパイオニアとなる。
69年情報の処理法を説いた「知的生産の技術」がベストセラーになる。「情報産業」という言葉の名づけ親でもある。また、日本語のローマ字論者(ローマ字化推進論者)で、社団法人日本ローマ字会会長でもある。

70年大阪万博の「基本理念」を起草し、理論面から支えた。国立民族学博物館(大阪府吹田市)の設立に尽力し、74年創設と同時に館長就任。86年視力のほとんどを失うが、その後も精力的に著述・講演活動を行った。

国立民族学博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授、京都大学名誉教授。

2010年7月 6日

小野学

元全日本スキー連盟ジャンプヘッドコーチの小野学、呼吸器不全のため3日死去、59歳。

1950年長野県出身。75年慶応大学を卒業し、日本楽器に入社。76年スキージャンプで全日本選手権70メートル級を制した。78年地元の北野建設へ移籍。80年現役を引退し、コーチに就任。

92年全日本ジャンプのヘッドコーチに就任。98年長野五輪で団体金メダル、船木和喜の個人ラージヒル金メダル獲得に貢献した。船木ほか、原田雅彦ら数多くの名選手を育てた。
96年北野建設の監督を務め、所属する荻原健司や上村愛子の育成にも関与した。

飯田裕久

飯田 裕久さん(いいだ・ひろひさ=作家、警察ドラマ・映画監修者)2日午後10時48分、脳出血のため東京都練馬区の病院で死去、46歳。千葉県出身。

警視庁捜査1課の刑事などを経て芸能プロダクションへ。警察ドラマ・映画の演技指導などに携わる一方、ノンフィクションや小説も執筆。代表作に「警視庁捜査一課刑事」「地取り」など。

2010年7月 1日

パク・ヨンハ

韓国の俳優パク・ヨンハ(朴容夏, Park Yongha)、ソウル市江南区内の自宅で30日死去。32歳。
電気製品のコードで首をくくり死亡しているところを、母親に発見された。胃癌末期患者の父親の世話などで精神的に疲れていたという。警察は自殺とみて調べている。

1977年ソウル生まれ。94年韓国でドラマ「テーマ劇場」でデビュー。その後、「パリ公園の朝」「スタート」「雪花」など多数のドラマに出演し、03年「オールイン」の主題歌を覆面歌手として歌ったことでも話題になる。日本でも大ヒットした韓国ドラマ「冬のソナタ」(02年)に出演した韓流スターとして広く知られた。04年フジテレビのドラマ「東京湾景」に出演。その後、主に日本で歌手として活動したが、08年に主演ドラマが放送され5年ぶりに俳優復帰。

08年、日本ゴールドディスク大賞「シングル・オブ・ザ・イヤー(洋楽)」「ザ・ベスト・エイジアン・アーティスト」を受賞した。主な映画出演作に「クリスマスに雪が降れば」「憎くても、もう一度」など。中央大学校芸術学部演劇科在学中だった。

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