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2010年8月30日

山本小鉄

元プロレスラーで新日本プロレス顧問の山本小鉄(本名:山本勝)、低酸素性脳症で28日死去、68歳。

1941年横浜市出身。横浜商業高校卒業後、東海金属工業に勤務。63年日本プロレスに入門。力道山最後の弟子となる。リングネームは豊登の命名。星野勘太郎と「ヤマハ・ブラザーズ」を結成して活躍した。72年アントニオ猪木らとともに、新日本プロレス旗揚げに参加した。79年「ヤマハ・ブラザーズ」として国際プロレスに乗り込み、IWA世界タッグ王座を獲得。「人間爆弾」の異名をとった。80年現役を引退。身長170cm、体重100kg。

その後、鬼コーチとして後進の指導に尽力、数々の名選手を生み出した。プロレス中継の解説者・レフェリーとしても活躍した。

アントン・ヘーシンク

オランダの柔道家で東京五輪の柔道無差別級金メダリストのアントン・ヘーシンク(Anthonius Geesink)、オランダ・ユトレヒトの病院で27日死去、76歳。

1934年オランダ・ユトレヒト生まれ。47年柔道を始める。55年道上伯に師事。56年東京で開催された第1回世界柔道選手権大会で3位。61年パリ開催の第3回で外国人選手として初優勝。64年東京五輪の無差別級決勝戦で神永昭夫を下して金メダルを獲得。65年リオデジャネイロ開催の第4回の優勝を最後に現役引退。現役時は身長198cm、体重120kg。

その後、石油会社経営のかたわら指導者として活動。73年全日本プロレスからプロレスラーとしてデビュー。78年ジャンボ鶴田とのUNヘビー級タイトルマッチを最後にリングを去る。

85年国際柔道連盟教育普及理事、87年国際オリンピック委員会委員を務めた。97年国際柔道連盟より十段位を授与。00年国士舘大学名誉博士に就任した。03年国際柔道連盟の殿堂入り。青色のカラー柔道着導入の発案者としても知られる。

2010年8月24日

梨元勝

芸能リポーターの梨元勝、肺癌のため東京都内の病院で8月21日死去、65歳。

東京都出身。法政大卒業後、雑誌記者を経て1976年にテレビ番組のリポーターとなり、草分け的存在として活躍。1980年代から1990年代にかけて、芸能リポートを柱にした「ワイドショーの時代」を築いた立役者の一人。「恐縮です」という決めぜりふで取材相手に突撃取材するスタイルで、お茶の間の人気者になった。勝新太郎の大麻事件の折、ハワイで独占インタビューするなど話題は数多い。

テレビ局による芸能取材の自主規制などを批判して出演番組は減ったが、ブログや携帯電話サイトなどで情報発信を継続していた。

2010年8月13日

河野裕子

歌人の河野裕子(本名:永田裕子)、乳癌のため京都市の自宅で12日死去、64歳。

1946年熊本県出身。京都女子大学卒業。在学中の69年「桜花の記憶」で角川短歌賞を受賞。77年「ひるがほ」で現代歌人協会賞。89年歌集「桜森」で現代短歌女流賞、97年「耳掻き」で短歌研究賞、98年歌集「体力」で河野愛子賞を受賞。
00年乳癌を発病。
02年「歩く」で紫式部文学賞と若山牧水賞、09年「母系」が斎藤茂吉短歌文学賞と迢空賞を受賞。現代女性歌人の第一人者として活躍した。

夫は永田和宏は「塔」主宰の歌人で、細胞生物学者。

2010年8月12日

荒勢永英

荒瀬 英生氏(あらせ・ひでお=大相撲の元関脇荒勢)11日午前5時54分、急性心不全のため高知市の病院で死去、59歳。高知県出身。

日大から花籠部屋に入門し、72年に初場所で初土俵、73年新入幕を果たした。がぶり寄りとトレードマークのもみあげで知られ、75年から「荒勢」を名乗った。81年秋場所で引退し、年寄「間垣」を襲名。その後タレントとして活躍した。

荒勢 永英(あらせ ながひで)
高知県吾川郡伊野町出身の元大相撲力士、エイビープロモーションに所属していた元タレントである。
芸名は荒勢(あらせ)、本名は荒瀬 英生(あらせ ひでお)
力士時代は花籠部屋に在籍し、最高位は東関脇。
大相撲時代の体格は身長178cm、体重151kg。得意手は右四つ、寄り。
公認候補者として所属した自由連合では、組織委員会文化スポーツ局次長を務めた。

2010年8月 9日

大島靖

元大阪市長の大島靖、急性脳梗塞のため東京都内の病院で9日死去、95歳。

1915年和歌山県田辺市出身。39年東京帝国大法学部を卒業。内務省に入省。大阪府労働部長や在ジュネーブ領事、労働省労働基準局長などを経て、63年大阪市助役に就任。71年大阪市長選で社会、公明、民社各党の推薦を受けて初当選。87年まで4期16年務めた。

市長在任中は、大阪駅前再開発事業や国際展示場「インテックス大阪」の建設など都市インフラ整備を推進。86年北区中之島に新市役所庁舎を完成させた。

90年大阪・鶴見緑地で開かれた「国際花と緑の博覧会」の誘致に尽力。会場アクセス路線となる市営地下鉄長堀鶴見緑地線の建設を推し進めた。

市長退任後は、財団法人大阪国際交流センター会長などを務めた。

2010年8月 4日

女優の園佳也子

女優の園佳也子(本名:清水禧子)、心不全のため東京都世田谷区の自宅で27日死去、75歳。

東京都出身。大阪市天王寺区にて育った。神戸女学院大学文学部卒。
高校在学中の53年NHK放送劇団の聴講生になる。同年テレビドラマ「ボーナス」で女優デビュー。60年「水戸黄門 天下の大騒動?」で映画デビュー。その後映画や舞台に進出。愛嬌のある個性を生かし、数々の作品に脇役として出演した。

代表作にドラマ「細うで繁盛記」「ありがとう」、舞台「 」「三婆」、映画「どですかでん」など。 

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