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2010年12月29日

竜鉄也さん、奥飛騨に死す

竜鉄也

演歌歌手の竜鉄也(本名:田村鉄之助)、蜘蛛膜下出血のため岐阜県高山市の病院で28日死去、74歳。

1936年奈良県出身。幼少時に岐阜県上宝村(現:高山市)に転居。中学2年で失明。手術を受け視力回復に務める。
61年26歳で再び失明。その頃より音楽の勉強を始め、演歌師として出発する。奥飛騨地方を中心に演歌師を続ける。

80年デビュー曲「奥飛騨慕情」がヒットし、翌年NHK紅白歌合戦に出場。約10年前に蜘蛛膜下出血で倒れ、療養していた。

2010年12月24日

前群馬県知事の小寺弘之氏が死去

小寺 弘之氏(こでら・ひろゆき=前群馬県知事)21日午前2時45分、東京都内の病院で心不全のため死去、70歳。東京都出身。

63年旧自治省入省。68年群馬県に出向し、企画課長などを経て82年から同県副知事。91年の知事選で初当選し、4期務めたが、5期目を目指した07年の知事選で大沢正明現知事に敗れた。今夏の参院選では民主党から比例代表で立候補したが、落選した。

2010年12月20日

めぐり逢いのネヴァ・パターソンさん死去

映画『めぐり逢い』などに出演した女優ネヴァ・パターソンさんがロサンゼルスの自宅にて死去したことが明らかになった。この訃報は、彼女の娘ミーガン・リーが発表したとCBCNEWSなどが報じた。享年90歳。

ネヴァ・パターソンさんはブロードウェイで舞台女優として活動を始めた後に映画界にも進出。性格俳優として、映画では助演を務めることが多く、ケイリー・グラントとデボラ・カーが共演した1957年の映画『めぐり逢い』で、デボラ演じるテリーに、恋人のニッキー(ケイリー)を奪われてしまう女性ロイス役などで注目された。

さらに、テレビドラマでも多くの役を演じ、特に人類とエイリアンとの戦いを描いたSFテレビドラマ「V Part I-来訪者(ビジター)-」で演じたエイリアンたちの協力者エレノア役では多くのファンを獲得。彼女の家族によれば、近年になってもファンが自宅を訪問してきたり、ファンレターが届いたりしていたという。彼女がテレビや映画で演じた役柄は、その生涯を通じて100を超えた。

2010年12月11日

「夫婦どつき漫才」正司玲児さん死去

正司玲児

漫才コンビ「正司敏江・玲児」の正司玲児(本名:及川玲児)、成人T細胞白血病リンパ腫のため大阪府内の病院で10日死去、71歳。

1939年大分県生まれ。62年松竹芸能に入る。63年中井次郎(のち池乃めだか)らと本名で音楽ショウ「ピスボーイ」を結成し初舞台。64年漫才師だった敏江(本名:及川キミコ)と結婚。夫婦であることを隠して兄妹漫才コンビとして出発。のち夫婦漫才であることを公表。舞台上で体当たりや跳びげりをする夫婦の"どつき漫才"で知られる。約10年で離婚するが、漫才コンビは続けた。

2010年12月 5日

日教組の槇枝元委員長死去

元総評議長で元日教組委員長の槙枝元文、肺炎のため東京都内の病院で4日死去、89歳。

1921年岡山県生まれ。岡山県立青年学校教員養成所(現:岡山大学教育学部)卒業後、40年都窪郡の早島青年学校に教師として赴任。戦前から青年学校の教員となり、42年に召集。戦後、中学校の社会科教員に復職。都窪郡教組の青年部長に就任し、組合活動に入る。47年日本教職員組合に加入。62年日教組書記長に昇格。
71年日教組委員長となり、76年から日本労働組合総評議会(総評)にも就任。いずれも83年まで務め、「ミスター日教組」と呼ばれた。74年春闘で日教組が実施した「4・11全日スト」をめぐり、地方公務員法違反(争議のあおり)の罪に問われ、有罪判決を受けた。

日中技能者交流センター理事長や「朝鮮の自主的平和統一支持日本委員会」の議長にも就任。
湾岸戦争を契機に、93年結成の「自主・平和・民主のための広範な国民連合」の代表世話人も務めた。日米安保条約の解消、米軍基地の撤去、アジアとの共生を訴えた。

著書に「教育への直言」「文部大臣は何をしたか-私の目で捉えた戦後教育史」など。

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