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2011年4月26日

俳優の田中実さんが死去

田中実

俳優の田中実、自宅マンションで25日死去、44歳。首をつって死亡していた。自殺とみられる。

1966年東京都大田区出身。東京都立雪谷高校を卒業後。仲代達矢主宰の無名塾に入塾。90年NHKの連続TV小説「凛々と」で主人公を演じる。以降「温泉へ行こう」や映画「草の乱」「出口のない海」ほか、2時間ドラマなどに出演した。

元ロッテ投手・成田文男さん死去

プロ野球元ロッテ投手の成田文男、肝不全のため岐阜市内の病院で21日死去、64歳。

1946年東京都出身。幼少期は秋田県で過ごす。東京・修徳高から、65年東京オリオンズ(現ロッテ)入団。2年目に8勝、翌年は14勝、4年目から3年連続20勝以上をマークした。69年8月16日の阪急戦(西宮球場)で球団初のノーヒットノーランを達成。70年に25勝8敗の成績で最多勝のタイトルを獲得し、リーグ優勝に貢献した。73年に21勝10敗で再び最多勝。入団2年目の66年からオールスター戦に8年連続で出場した。

80年日本ハムへ移籍。82年引退。プロ17年間で通算534試合に登板、175勝129敗8セーブ、1657奪三振、防御率3.20。投手ながら通算15本塁打を放った。

引退後、岐阜県山県市で喫茶店を経営しながら少年野球のコーチなどを務めた。

2011年4月24日

元キャンディーズの田中好子さん死去

田中好子

元「キャンディーズ」メンバーで女優の田中好子(本名:小達好子)、乳癌のため東京都内の病院で21日死去、55歳。

1956年東京都足立区生まれ。東京成徳短期大学を卒業。69年渡辺プロダクション経営の東京音楽学院に入学し、スクールメイツのメンバーに選抜される。72年NHKの歌番組オーディションに伊藤蘭、藤村美樹とともに合格。 73年アイドルグループ「キャンディーズ」としてシングル「あなたに夢中」でデビュー。4曲目の「なみだの季節」までセンター位置でリードボーカルを担当。スーちゃんの愛称で親しまれ、その後キャンディーズは「年下の男の子」や「春一番」など数多くのヒット曲をだした。

78年グループ解散。引退後に復帰し、女優に転身。89年映画「黒い雨」で原爆に見舞われた主人公を演じ、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞やブルーリボン賞主演女優賞など多くの賞を受賞。TVドラマでも活躍し、01年NHK連続テレビ小説「ちゅらさん」ではヒロインの母親役を演じた。

91年女優の故夏目雅子の兄で、プロゴルファー・実業家の小達一雄と結婚。

2011年4月20日

「あしたのジョー」「ベルばら」アニメ監督の出崎統さんが死去

アニメーション監督の出崎統、肺癌のため17日死去、67歳。

1943年東京都生まれ。59年東京都立北園高校に入学。在学中に貸本漫画家デビュー。62年高校卒業、東芝に就職。63年東芝を退社し、TVアニメ「鉄腕アトム」を制作する旧虫プロダクションに入社、アニメの演出などを手がける。
26歳でテレビ版「あしたのジョー」の監督核に抜擢。その後「エースをねらえ!」「宝島」「ガンバの冒険」などの監督を務め、70年代の代表的アニメをつくった。

2011年4月14日

岸田衿子さん(詩人)が死去

童話作家で詩人の岸田衿子、髄膜腫のため神奈川県小田原市内の病院で7日死去、82歳。

1929年東京都生まれ。東京芸術大油絵科を卒業。結核療養中に創作活動を始める。詩人の川崎洋や茨木のり子が創刊した詩誌「櫂」に参加。55年詩集「忘れた秋」が評価される。57年中谷千代子の絵で絵本「かばくん」を出版。群馬県浅間山麓に暮らし、詩集「あかるい日の歌」「ソナチネの木」などを発表した。

童話や絵本も数多く「ジオジオのかんむり」など出版。アニメ「アルプスの少女ハイジ」「フランダースの犬」などの主題歌も作詞した。

劇作家の岸田国士は父。女優の岸田今日子は妹。詩人の谷川俊太郎、田村隆一は元夫。

2011年4月11日

シドニー・ルメット監督死去 映画「十二人の怒れる男」

米映画監督のシドニー・ルメット(Sidney Lumet)、リンパ腫のためニューヨーク市内の自宅で9日死去、86歳。

1924年ペンシルベニア州のフィラデルフィア生まれ。10代から子役としてブロードウェイの舞台に立つ。39年映画に出演。42年コロンビア大学に入学するが、第二次世界大戦に従軍した。終戦後はオフ・ブロードウェイでユル・ブリンナーたちと俳優グループを結成。50年代に演出家に転向。

57年「十二人の怒れる男」でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。ニューヨークを舞台にした社会派サスペンスで知られる。
他の監督作品に73年「セルピコ」、74年「オリエント急行殺人事件」、82年「評決」など。

2011年4月 4日

作家、評論家のいいだももさん死去

作家で評論家のいいだもも(本名:飯田桃)、老衰のため3月31日死去、85歳。

1926年東京都生まれ。47年東京大学法学部を首席卒業、日本銀行に入行。まもなく結核のため退職。

茨城県で療養中に新日本文学会などに参加。61年処女作「斥候よ夜はなお長きや」を発表。農民運動などを展開。65年共産党を除名されたのち、新左翼運動の代表的知識人として知られた。ベ平連運動にもかかわった。67年共産主義労働者党書記長に就任し議長となるが、69年辞任。79年雑誌「季刊クライシス」を創刊、編集代表を務める。

92年成立の国連平和維持活動(PKO)協力法に反対し、発起人として「自衛官110番」を開設。文明や資本主義、世界的不況などに関する著作活動をした。

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