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2011年7月29日

元米大リーガーで元ロッテ、阪神投手の伊良部秀輝が死去

伊良部秀輝

元米大リーガーで元ロッテ、阪神投手の伊良部秀輝、米ロサンゼルス市内の自宅で28日死去、42歳。自殺と見られる。

1967年沖縄県宮古島市生まれ。兵庫県尼崎市育ち。香川・尽誠学園高校から87年ドラフト1位でロッテ入団。

93年西武戦でプロ野球最速(当時)の158km/hを記録。94年最多勝と最多奪三振、95年最優秀防御率と最多奪三振、96年最優秀防御率を獲得。 97年米大リーグのヤンキースへ入団。

99年オフにモントリオール・エクスポズへ移籍。その後レンジャーズに映ったが、02年オフに退団。

02年オフに阪神入団。03年13勝をあげ阪神のリーグ優勝に貢献。04年オフに戦力外通告を受け、005年3月現役引退。 引退後に再渡米し、グリーンカード取得。ロサンゼルスでうどんのフランチャイズチェーン「SUPER UDON」を共同で設立。

その後閉店。07年大阪市のバーで店舗破壊・暴行容疑で逮捕。 09年米独立リーグのロングビーチ・アーマダに入団。5年ぶりに現役復帰。

同年四国・九州アイランドリーグの高知ファイティングドッグス入団するが、右手首腱鞘炎で退団。 日本プロ野球通算成績は273試合登板で72勝69敗勝11セーブ、防御率3.55。

米大リーグ通算成績は126試合登板で34勝35敗勝16セーブ、防御率5.15。

2011年7月28日

タレントの三城晃子死去

タレントの三城晃子、多臓器不全のため27日死去、65歳。

1945年東京都生まれ。02年に日本テレビ系「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」に"おばちゃん3号"として出演しブレーク。これを機に芸能プロダクションに所属。バラエティー番組やドラマ、CMに出演した。お笑い芸人によるプロレス団体「西口プロレス」のラウンドガールも務めていた。

2011年7月20日

俳優の原田芳雄さん死去

原田芳雄

俳優の原田芳雄、東京都内の病院で19日死去、71歳。腸閉塞と誤嚥性肺炎を併発して闘病中だった。

1940年東京都足立区生まれ。本所工業高校を経て俳優座養成所を卒業。俳優座座員となる。67年TVドラマ「天下の青年」』でデビュー。68年映画「復讐の歌が聞える」で映画初出演。71年俳優座の体質を批判し市原悦子、菅貫太郎、中村敦夫らと退座。

75年映画「祭りの準備」でキネマ旬報助演男優賞、92年「寝盗られ宗介」で同主演男優賞など、受賞多数。

松田優作に演技などで大きな影響を与える。鉄道ファンとしても知られた。

代表作に鈴木清順監督「ツィゴイネルワイゼン」「陽炎座」や黒木和雄監督の戦争レクイエム3部作、「竜馬暗殺」「田園に死す」「どついたるねん」など。

2011年7月19日

サッカーメキシコ五輪代表、代表監督も務めた森氏が死去

元サッカー日本代表選手で元監督の森孝慈、左腎盂癌のため東京都目黒区の病院で17日死去、67歳。

1943年広島県福山市生まれ。広島市育ち。広島修道高校で国体、全国高校サッカー選手権で2冠。早稲田大学に進み、64年と66年の天皇杯制覇。その後日本リーグの三菱重工(現:浦和レッドダイヤモンズ)に入団。ポジションはミッドフィルダー。

大学在学中の64年から日本代表に選出。68年メキシコ五輪で全6試合にフル出場し、銅メダル獲得に貢献した。77年現役を引退。

81年日本代表監督に就任。85年ワールド杯メキシコ大会アジア最終予選で韓国に敗れた。
その後Jリーグ浦和、福岡の監督などを歴任。06年日本サッカー殿堂入り。

2011年7月14日

タレントの宮尾すすむさん死去

宮尾すすむ

タレントの宮尾すすむ(みやお・すすむ、本名・山口進=やまぐち・すすむ)さんが12日午後2時56分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。77歳。軽妙な語り口のテレビリポーターとして人気を集め、テレビ朝日系「モーニングショー」の中の人気企画「ああ日本の社長」は長く続いた名物コーナーだった。2007年に急性硬膜下血腫で入院するなど、近年は病気がちで、表舞台から遠ざかっていた。

大きな目に元気な声、右手を顔に添え「ハイッ! 宮尾すすむです!」の決めゼリフでお茶の間の人気を獲得した宮尾さん。ワイドショーの顔として活躍したが、その声はもう聞けない。

鹿児島県川内市で衣料品店を経営していたが、倒産。64年に上京し、翌年、漫談家の宮尾たか志に弟子入りした。ジャズ喫茶やクラブなどで司会を務め、歌手・森進一(63)のステージ司会も担当。76年にフジテレビ系「スターどっきりマル秘報告」で人気を獲得。78年に紳士服のCMに出演した際のセリフ「インフレ飛んでけぇ」が流行語となった。

リポーターとしては、テレビ朝日系「モーニングショー」の人気コーナー「ああ日本の社長」で、全国各地の名物社長を紹介。プライベートにも迫る徹底リポートがうけ、81年から89年まで8年間続いた。「宮尾すすむと日本の社長」という名のバンドまで誕生した。

また、博識で知られ、テレビ朝日系「ヒントでピント」など多くのクイズ番組に解答者として出演した。

94年に、46歳だった妻の明美さんを脳出血のため亡くした宮尾さん。「生まれ変わったらまた結婚したい」というほど愛していた妻のもとへと、静かに旅立った。

宮尾 すすむ(みやお・すすむ)本名・山口進。
1934年3月8日、満州生まれ。77歳。人気コーナー「宮尾すすむのああ日本の社長」が縁で、ビジネス成功の秘訣(ひけつ)などの講演会が好評に。毎日新聞社のビジネスサロン・ジェネラルプロデューサーを務めていた。出身地の鹿児島・阿久根市にちなみ薩摩大使に任命され、70年代後半には鹿児島テレビ「あなたのかごしま」にレギュラー出演。身長176センチ。

2011年7月10日

漫画家の和田慎二さん死去

漫画家の和田慎二(本名:岩本良文)、5日死去、61歳。

1950年広島県呉市出身。71年東海大学在学時に「パパ!」が「別冊マーガレット」に掲載されデビュー。76-82年まで「スケバン刑事」が「花とゆめ」に連載され、人気を呼ぶ。
他の代表作に「超少女明日香」シリーズをはじめ、「忍者飛翔」「ピグマリオ」「怪盗アマリリス」「少女鮫」など。

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