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2011年11月30日

元プロ野球監督の西本幸雄さん死去

西本幸雄

元プロ野球監督の西本幸雄、心不全のため兵庫県宝塚市の自宅で25日死去、91歳。

1920年和歌山市出身。立教大学で主将を務めた。43年学徒出陣。戦後、八幡製鉄、全京都、別府星野組と社会人チームを経験。49年監督兼選手として星野組を都市対抗野球優勝に導く。

50年30歳で毎日オリオンズ結成時に入団。55年現役引退。

60年大毎監督に就任しパ・ーグ優勝に導くが、采配をめぐりオーナーと対立し退任。63ー73年まで阪急監督で5回、74-81年まで近鉄監督で2回パ・リーグ優勝を飾るも、日本シリーズは全敗。監督通算1384勝1163敗118分け。 88年野球殿堂入り。 

2011年11月28日

立川談志さん、喉頭がんで死去

立川談志

落語家で元参院議員の立川談志(本名:松岡克由)、喉頭癌のため東京都内の病院で21日死去、75歳。

1936年東京生まれ。56年16歳で高校を中退し、五代目柳家小さんに入門。小ゑんを名乗った二ツ目時代から頭角を現す。53年真打ち昇進。五代目立川談志を襲名。66-69年までTV番組「笑点」では初代司会者を務めた。

69年衆院選に旧東京88から出馬し落選。71年参院選全国区で最下位当選、自民党入党。沖縄開発庁政務次官を務めたが、酒に酔って記者会見に臨み問題発言で辞任。

落語協会真打昇進試験制度運用を巡って落語協会会長で師匠の小さんと対立し、83年落語協会を脱会。落語立川流を創設、家元となる。古典を現代的に究めることにこだわり続けた。97年食道癌を外科手術により摘出。

立川 談志(たてかわ・だんし)本名・松岡克由。1936年1月2日、東京都生まれ。52年、5代目柳家小さんに入門し「小よし」。54年、二つ目に昇進し「小ゑん」。63年、真打ちとなり、立川談志を襲名。66年から日テレ系「笑点」の初代司会者を務める。69年、衆院選に無所属で出馬し落選。71年、参院選(全国区)で初当選。自民党に入党。75年、沖縄開発庁政務次官に就任も、わずか36日で辞任。83年、弟子らとともに落語協会を脱退。「落語立川流」を創設し、家元となる。出ばやしは「木賊(とくさ)刈り」。

2011年11月15日

声優・黒沢良氏が死去

声優・俳優の黒沢良、心不全のため9日死去、81歳。

1930年和歌山県生まれ。宝塚演出部、新東宝ニューフェイス、俳優座養成所などをへて、NHK東京放送劇団に入団。

NHKラジオドラマ「笛吹童子」「紅孔雀」などに主演。「原子力潜水艦シービュー号」「海底大戦争 愛の20000マイル」などほか、映画でゲイリー・クーパーの吹き替えを担当。

NHK「お笑いオンステージ」のコメディーコーナーにレギュラー出演。

2011年11月 5日

西岡武夫参院議長が死去

参院議長の西岡武夫、肺炎のため都内の病院で5日死去、75歳。
現職参議院議長の死去は初代議長の松平恒雄(1949年死去)以来2人目。

1936年長崎市出身。58年早稲田大学教育学部社会学科を卒業。在学中は雄弁会に入会。父・竹次郎が創刊した長崎民友新聞の経営に携わる。59年長崎日日新聞社と合併して発足した長崎新聞社で常務取締役社長室長、論説委員などを歴任。63年衆院選で立候補し当選。ロッキード事件を期に河野洋平ら6人で自民党を離党。新自由クラブを結党。79年新自由クラブを離党し、80年自民党に復党。83年総選挙で落選。

86年総選挙で当選。88年竹下改造内閣で文部大臣として初入閣。宇野内閣でも文相に留任。その後自民党総務会長などを歴任。93年自民党を再び離党。改革の会代表、自由改革連合事務局長を経て、94年新進党結党に参画。98年自由党を結成し、副党首に就任。同年長崎県知事選挙に出馬するも落選。00年衆院選に自由党公認で出馬するが落選。01年参院選に自由党公認で比例区から出馬し当選。10年参院議長に就任。

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