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2012年2月28日

元プロ野球投手の河村保彦が死去

元プロ野球投手の河村保彦、膵臓癌のため21日死去、71歳。

1940年岐阜県多治見市出身。多治見工業高校から、59年中日に入団。63年19勝を記録。68年サンケイ(現:ヤクルト)に移籍。71年現役引退。13年間で444試合に登板、通算74勝88敗、防御率3.25。

現役引退後、プロ野球解説者やヤクルト投手コーチなどを務めた。

2012年2月24日

人間国宝の女形、中村雀右衛門さんが死去

歌舞伎女形の最長老で人間国宝の中村雀右衛門(なかむら・じゃくえもん、本名・青木清治=あおき・きよはる)さんが23日午後3時55分、肺炎のため死去した。91歳。

大正9年、六代目大谷友右衛門の長男として生まれ、昭和2年、6歳のとき大谷広太郎を名乗り市村座で初舞台。21年に兵役から復員後、女形に転向。23年、大谷友右衛門を襲名。25年に映画「佐々木小次郎」(稲垣浩監督)に出演し、人気スターに。

その後、関西歌舞伎で活躍し、39年、「金閣寺」の雪姫などで四代目中村雀右衛門を襲名。「本朝廿四孝(にじゅうしこう)」の八重垣姫など数多くの当たり役を持ち、歌舞伎界を代表する女形として活躍した。

平成3年に人間国宝認定。12年、勲三等瑞宝章。16年、文化勲章。長男は八代目大谷友右衛門、二男は七代目中村芝雀。

元「フォーリーブス」リーダーの北公次さんが死去

北公次

歌手で元「フォーリーブス」リーダーの北公次(本名:松下公次)、肝臓がんのため22日死去、63歳。

1949年和歌山県田辺市出身。田辺市立東陽中学校を卒業。
65年ジャニーズの付き人になる。66年4人組アイドルグループ「フォーリーブス」結成に参加。68年「オリビアの調べ」でレコードデビュー。70年から7年連続で「NHK紅白歌合戦」に出場。78年グループ解散、ジャニーズ事務所を退社。
02年フォーリーブス再結成。
09年メンバーの青山孝史急逝後に無期限活動休止。

2012年2月18日

「K―1四天王」マイク・ベルナルド氏が死去

格闘家で元K-1選手のマイク・ベルナルド(Mike Bernardo)、南アフリカ共和国・ケープタウンで14日死去、42歳。
近年は鬱病を患っていた。詳細は不明だが、自殺とされる。

1967年南ア・ケープタウン出身。95年K-1GP初参戦、デビュー戦でアンディ・フグをKO。同年ベスト4入り。96年K-1GPで準優勝。98年「K-1 KINGS '98」でWAKO-PRO世界ムエタイスーパーヘビー級王座を獲得。ピーター・アーツらとともにK-1四天王の一人に数えられた。00年「K-1 WORLD GP 2000 in FUKUOKA」優勝。

00年プロボクシングに本格参戦。マイナー団体のWBF世界ヘビー級王座を獲得。01年同王座初防衛に成功。

06年引退。その後コーチとして後進の指導にあたった。現役時身長193cm、体重110kg。

2012年2月15日

「男はつらいよ」の"おばちゃん"三崎千恵子さん死去

故・渥美清さん主演の人気シリーズ「男はつらいよ」(山田洋次監督)の"おばちゃん"役で親しまれた女優の三崎千恵子(みさき・ちえこ、本名・宮阪トシ)さんが13日午後7時15分、老衰のため鎌倉市内の病院で死去した。享年90歳。1939年に松竹入りし、舞台女優を経て再び映画、テレビの世界へ。デビュー以来、庶民的で温かみのある日本女性を演じ続けた名脇役が、また一人逝った。

 「下町のおばちゃん」が90年にわたる人生の幕を下ろした。関係者によると、三崎さんは昨年5月頃から体調を崩し、鎌倉市内の病院に入院。13日になって容体が急変した。最期は長女の柴順子さんら親族やマネジャーにみとられ、息を引き取った。

名脇役としての土台は、実家の東京・巣鴨の青物問屋にあった。「大根が大好き。庶民の野菜ですもの。『生活俳優』を自称しているんです」と、常々話していた。「私はダイコン役者」を口癖とし、座右の銘には「らしくありたい」を挙げていた。

女学校卒業後に就職した白木屋(現在の東急百貨店)でコーラス部に所属していた際にスカウトされ、1939年に松竹入り。42年に結婚した俳優の故・宮阪将嘉さん(97年死去)に連れられ、43年に入団した劇団「ムーラン・ルージュ」で森繁久彌さん、由利徹さんらと活動した。同劇団の解散後は宮阪さんと共に活動の場を劇団民芸に移し、67年に退団した。

退団は宮阪さんの両親の世話をする準備のためだったが、その頃に来た仕事が人生を変えることになる。それが、69年の映画「男はつらいよ」だった。予定していた別の女優が出演できなくなったための"代役"。「どうせ最後の仕事にするなら、後世にまで残るものを」と出演した。

渥美さん演じる主人公・車寅次郎のおば・車つね役として出演した映画は大ヒット。三崎さん自身も「寅ちゃん」にどなられると、プーッとふくれる親しみやすい女性として人気を呼び、95年の「寅次郎紅の花」まで全48作に出演した。シリーズが続くにつれ、"おばちゃん"のイメージが強く付くことに悩んだが、山田監督に諭され「ひとつの役をこんなに長くやれるのは幸せ」と、誇りを持って生活感のにじみ出る演技を続けた。

「男はつらいよ」シリーズ以外では、映画「虹をつかむ男」や「キネマの天地」などに出演。テレビドラマでは「白い地平線」や「たんぽぽ」のほか、「渡る世間は鬼ばかり」の初期シリーズで主人公・大吉(故・藤岡琢也さん)が会社員時代に行きつけだった小料理店のおかみで、大吉が板前を目指すようになってからは"師匠"となる「お咲さん」を好演した。

"寅さんファミリー"は渥美さんが96年に死去したのをはじめ、夫婦を演じた3人の"おいちゃん"である森川信さん(72年)、松村達雄さん(05年)、下條正巳さん(04年)も全員死去。ついに三崎さんも、その元へと旅立った。

三崎 千恵子(みさき・ちえこ)
本名・宮阪トシ。1920年9月5日(戸籍上は21年2月20日)、東京・巣鴨生まれ。東洋女学校(現・東洋女子高校)卒業後、日本橋のデパート・白木屋に入社。39年、歌手として松竹入り。53年、劇団民芸入団を経てフリーに。映画「家族」「川の流れのように」、ドラマ「青春とはなんだ」「LOVE STORY」、舞台「結婚する手続き」などに出演。50年から着付け指導を始め、同年に三越で戦後初の着物ショーを開いた。

2012年2月13日

米歌手のホイットニー・ヒューストンさん死去

ホイットニー・ヒューストン

米歌手のホイットニー・ヒューストン(Whitney Elizabeth Houston)、カリフォルニア州ビバリーヒルズのホテルで11日死去、48歳。

1963年ニュージャージー州イースト・オレンジ生まれ。母もゴスペル歌手。10代からモデルとして活躍。

85年「そよ風の贈りもの」でデビュー。同年デビュー・アルバム「ホイットニー・ヒューストン」を発表。87年2枚目のスタジオ・アルバム「ホイットニー」がビルボード初登場1位。

92年映画「ボディガード」でケビン・コスナーと共演。主題歌「オールウェイズ・ラブ・ユー」が世界中で大ヒット。通算6回のグラミー賞を受賞し、トップ歌手に上りつめた。その後も映画「ため息つかせて」「天使の贈り物」に主演。
私生活では92年R&B歌手ボビー・ブラウンと結婚。
00年ハワイの空港で大麻所持で拘束。その後も薬物中毒に悩まされ、04年更生施設に入った。
06年離婚。

2012年2月11日

漫才コンビ「大平サブロー・シロー」の大平シローさん、死去

タレントの大平シロー(本名:伊東博)、大阪府の病院で9日死去、55歳。
2月4日大阪市内の事務所で倒れ、一時心肺停止。その後、意識不明の状態が続いていた。

1956年大阪府泉大津市出身。、大阪府立泉大津高校を卒業。

75年トリオ漫才「レツゴー三匹」に入門。76年漫才コンビ「太平サブロー・シロー」としてでデビューし。80年NHK上方漫才コンテスト最優秀賞、86年上方漫才大賞を受賞など受賞。漫才ブームなどで人気を得る。

88年吉本興業から離脱。92年コンビを解散。同年参院選に比例区から立候補するも落選。

99年に吉本へ復帰。大平マサヒコ(現:太平まさひこ)と漫才コンビを結成するが、ほどなく解消。以降はピンで活動する。近年は俳優や放送作家としても活動した。

2012年2月 5日

友部達夫元参院議員死去

元参院議員の友部達夫、東京都中野区内の自宅で意識不明の状態で発見され、搬送先の病院で1月28日死去、83歳。

1928年東京都生まれ。45年海軍兵学校予科に入学、敗戦で退校。東京都立大学人文学部卒業。生命保険会社へ入社。

80年日本中高年連盟の名で年金などの無料電話相談サービス開始。83年日本中高年連盟を母体に弟の友部正夫らと年金党を結成、95年参院選で新進党に参加、比例区で当選。同年理事長を務めるオレンジ共済組合の出資法違反容疑で私的流用が明らかになる。97年参議院で逮捕許諾決議が可決され逮捕。01年最高裁で懲役10年の実刑確定。

2012年2月 1日

芥川賞作家 岡松和夫さん死去

作家の岡松和夫、肺炎のため神奈川県鎌倉市内の病院で1月21日死去、80歳。
1931年福岡市生まれ。東京大学文学部仏文学科を卒業後、56年同大学文学部国文科を卒業。

横浜学園高校に勤務。66年関東学院短期大学国文科専任講師に就任、助教授をへて、73年教授に就任。

この間59年「壁」で文学界新人賞を受賞。立原正秋らの同人誌「犀」に参加。福岡で迎えた敗戦体験や東京大学での左翼体験とその離脱などをテーマに、端正な作品を発表した。

76年「志賀島」で芥川賞、86年「異郷の歌」で新田次郎文学賞、98年「峠の棲家」で木山捷平文学賞をそれぞれ受賞した。

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