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2010年3月19日

nujabes

トラックメイカーで音楽プロデューサーのnujabes(ヌジャベス)さんが、2月26日深夜に交通事故で亡くなっていたことが18日、明らかになった。nujabesさんの主宰レーベル「hydeout productions」が公式サイトで「2月26日深夜 東京都港区内の首都高速を降りた地点で、突然、車の事故に遭遇し救急車で渋谷区内の病院に搬送され、懸命の救命治療が施されましたが、再びその心臓の鼓動を甦らせることなく、天空へと飛び立ちました。36歳の誕生日を迎えたばかりの急逝でした」と発表した。葬儀は家族だけで執り行われた。

nujabesさんは日本を代表するDJ、トラックメイカーとして、独創性に溢れた楽曲が国内外で高く支持され、アニメ『サムライチャンプルー』に楽曲を提供するなど、多方面で活躍した。hydeout productionsによると、未発表新音源がスタジオに残されており「このnujabesのメッセージを、盟友のUyama Hiroto等と共に、多くの方に、1日も早くお届けしたい」と遺作が発表される予定。

2010年2月27日

南方英二

お笑いグループ「チャンバラトリオ」で活躍したタレントの南方英二(本名:楠本喜八郎)、肝硬変のため大阪府の病院で26日死去、77歳。

1932年和歌山県田辺市生まれ。和歌山県立田辺高校卒業。東映に入社後、東映京都撮影所で時代劇の斬られ役をこなす。63年お笑いグループ「チャンバラトリオ」を結成し、「かしら」の愛称で親しまれた。大きな扇子で顔をはたくハリセンギャグなど時代劇風のコントが人気を博した。

76年上方お笑い大賞金賞、上方漫才大賞などを受賞。映画「ソナチネ」「天国はまだ遠く」などで俳優としても活躍した。

2010年2月12日

司会者の玉置宏

司会者の玉置宏(本名:玉置宏行)、脳幹出血のため神奈川県内の病院で11日死去、76歳。

1934年川崎市生まれ。56年明治大学商学部卒業後、文化放送に入社しアナウンサーとなる。58年独立し司会者として活躍した。「ロッテ歌のアルバム」「象印スターものまね大合戦」で人気を博し、「1週間のごぶさたでした」の名調子が有名。このほかテレビ「にっぽんの歌」「昭和歌謡大全集」、ラジオ「玉置宏の芸能伝説」「ラジオ名人寄席」などの長寿番組を担当した。

86年メガロポリス歌謡祭特別賞受賞、04年横浜文化賞、07年林家彦六特別賞などを受賞。
02年大衆芸能専門館「横浜にぎわい座」館長に就任して、演芸イベントでも活躍。日本司会芸能協会名誉会長も務めた。

2010年1月25日

ミッキー安川

タレントのミッキー安川(本名:安川実)、肺炎のため横浜市南区の病院で18日死去、76歳。

1933年横浜市生まれ。横浜高校を経て、52年単身渡米。シンシナティ大学に入学するが自主退学。イーストテネシー州立大学、サンディエゴ市立大学などに通う。

56年帰国。貿易商社勤務を経て、日劇ミュージックホールでコメディアンとしてデビュー。ラジオのパーソナリティーや俳優、司会者などをこなすマルチタレントとして活躍、突撃インタビューや辛口コメントなどで知られた。

著書に18歳で単身渡米した体験をまとめた「ふうらい坊留学記」など。

2010年1月20日

郷里大輔

声優の郷里大輔(本名:長堀芳夫)、東京都中野区内の路上で17日死去、57歳。手首から血を流し、家族あての遺書を所持していることから、自殺とみられる。

1952年東京都生まれ。テレビタレントセンター東京校出身。73年「キューティーハニー」のナレーターを務める。テレビアニメ「キン肉マン」でロビンマスク役をはじめ、「ゲゲゲの鬼太郎シリーズ」「ドラゴンボール シリーズ 」「北斗の拳」で声優を務めた。

08年山田洋次監督「母べぇ」に出演。

2010年1月13日

落語家の春風亭栄橋

春風亭栄橋さん70歳(しゅんぷうてい・えいきょう)12日、パーキンソン病のため死去。

東京都出身。1957年、三代目桂三木助に入門し、その後六代目春風亭柳橋門下に。73年真打ち。日本テレビ系の人気番組「笑点」で初代司会者、立川談志さんの時代に大喜利メンバーとして活躍した後、長期療養を続けていた。

2009年12月22日

講談師 田辺一鶴

講談師の田辺一鶴(本名:佐久間秀雄)、肺炎のため東京都内の病院で22日死去、80歳。

1929年東京生まる。54年十二代田辺南鶴の内弟子となる。69年NHK「ステージ101」レギュラーとなり、舞台やCMなどで活躍。高座で跳び上がるなどのパフォーマンスで人気を博す。51年第1回放送演芸選奨受賞。94年講談「平成米騒動」で民間放送連盟番組娯楽部門1位賞受賞。本好きで知られ、東京都内に芸能古書の「イッカク書店」を開いた。

2009年11月25日

亀山房代

吉本興業所属タレントの亀山房代(本名:今枝房代,旧姓:亀山)、心室細動のため神奈川県内の病院で23日死去、42歳。

1967年三重県名張市生まれ。相愛女子短期大学卒業。86年吉本総合芸能学院(NSC)の5期生として吉本入り。心斎橋筋2丁目劇場を中心に活動。89年ザ・ぼんちを解散したばかりの里見まさとと漫才コンビ「里見まさと・亀山房代」を結成。95年上方漫才大賞奨励賞、97年上方お笑い大賞金賞、98年上方漫才大賞・大賞を獲得した。
01年結婚・妊娠し、コンビを解散。その後は、テレビ番組のコメンテーターや性教育に関する講演活動をしていた。

2009年11月21日

水の江滝子

元女優で映画プロデューサーの水の江滝子(本名:三浦ウメを水の江滝子に改名)、老衰のため神奈川県内で16日死去、94歳。

1915年北海道小樽区(現:小樽市)生まれ。幼時に東京へ転居。28年東京松竹楽劇部(のちの松竹少女歌劇団)に第1期生として入団する。断髪に男装姿が人気になり「男装の麗人」の異名をとり、「ターキー」の愛称で親しまれた。
第二次世界大戦中は「松竹女子挺身隊」の一員として兵士を慰問。42年松竹少女歌劇団を退団、43年から劇団たんぽぽを主宰する。

52年俳優の鶴田浩二が興した新生プロに所属。55-70年まで日活の映画プロデューサーとなり、76本の映画を企画・制作。浅丘ルリ子や石原裕次郎らを世に送り出した。NHKテレビの娯楽番組「ジェスチャー」にもレギュラー出演し、親しまれた。53年・57年のNHK紅白歌合戦で紅組司会を務めた。

93年森繁久弥を発起人(葬儀委員長)とする「生前葬」を開き、芸能関係者ら約500人を集めて話題になった。

2009年9月 1日

川村カオリ

乳癌の再発で闘病中だった歌手の川村カオリ(本名:川村かおり)、東京都内の病院で28日死去、38歳。

1971年モスクワ生まれ。父は日本人、母はロシア人。11歳でモスクワから千葉県に移住。英国四天王寺学園(四天王寺大学)高等部卒業。
88年辻仁成プロデュースで「川村かおり」名でシングル「ZOO」および同名アルバムでデビュー。90年「神様が降りてくる夜」が「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」のテーマ曲となりヒット。91年「翼をください」がヒットし、映画「東京の休日」で主演を務める。92年エッセイ集「volume―僕の手の中」を発表。

93年活動休止し、ニューヨーク等で生活。95年シングル「Big Beat」を発表。96年のテレビドラマ「新宿鮫」に出演。97年「新宿鮫・毒猿」に出演。

98年ソロプロジェクト「SORROW」を開始し、クラブイベントでのDJとしても活動する。このころ「川村カオリ」に改名。99年「SOBUT」ギタリストのMOTOAKIと結婚、一子をもうける。01年ドキュメンタリー映画「696 TRAVELING HIGH」を発表。

04年乳癌が発覚。治療で左胸を失う。05年に芸能活動を再開するが、07年「SORROW」の活動休止を発表。MOTOAKIと離婚。08年癌再発を発表。09年13年ぶりのフルアルバム「K」を発売。

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