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2015年1月19日

石井光三オフィス会長の石井光三さんが死去

芸能プロダクション「石井光三オフィス」会長の石井光三、東京都内の自宅で6日死去、83歳。胆管がんで病気療養中だった。

1931年東京生まれ。大阪産業大学附属高校を卒業。39年東宝京都(現:JO京都撮影所旧)に入る。46年東横映画京都の第1期ニューフェースとなる。52年宝塚新芸座に入団したが、63年タレントを引退。松竹芸能に入社し、マネジャーに転身。

83年石井光三オフィスを設立し社長に就任。06年会長となる。

事務所には現在、ラサール石井、清水よし子、磯野貴理らのタレントが所属。自身も「オレたちひょうきん族」などのバラエティー番組に多数出演した。

2013年10月27日

福岡ソフトバンクホークス社長 笠井和彦さんが死去

福岡ソフトバンクホークス社長でフトバンク取締役の笠井和彦、肺カルチノイドのため21日死去、76歳。

59年香川大学経済学部を卒業。富士銀行(現:みずほ)に入行。副頭取まで務めたのち、安田信託銀行(現:みずほ信託銀行)会長を歴任。00年ソフトバンク取締役に就任。

その後、05年から福岡ソフトバンクホークス社長兼オーナー代行、パシフィックリーグマーケティング社長を務める。

2013年9月24日

前任天堂社長の山内溥さん死去

前任天堂社長の山内溥、肺炎のため京都市の病院で19日死去、85歳。

1927年京都市生まれ。47年早稲田大学専門部法律科在学中に花札・トランプ製造会社の山内任天堂の販売子会社だった丸福(現:任天堂)設立時に取締役に就任。49年在学中に祖父の急死を受け、山内任天堂(現:任天堂)社長に就任。トランプなどの売り上げが伸び悩むなか、コンピューターゲーム機に着目。家庭用ゲーム機「ファミコン」や携帯ゲーム機「ゲームボーイ」など大ヒット商品を生み出した。任天堂を世界的なエンターテインメント企業に成長。

02年社長を退任、取締役相談役に退いた。05年取締役を退任。ただし筆頭株主としての影響力は残していた。

このほかシアトル・マリナーズの筆頭オーナー、京都大学に新病棟設立のため70億円寄付などの活動も行った。

2013年2月10日

リクルート創業者で元会長の江副浩正さんが死去

リクルート(現:リクルートホールディングス)創業者で元会長の江副浩正、東京都内で8日死去、76歳

1936年大阪市生まれ。東京大学在学中に「東京大学新聞社」で企業向けの営業を学び、「大学広告」を設立。60年東京大学教育学部教育心理学科を卒業。同年求人広告専門の「大学新聞広告社」(現:リクルート)を設立。高度経済成長期に情報企業群を育てあげ、教育事業や不動産業にも進出した。

88年リクールート会長に就任。同年政官財に未公開株を配った「リクルート事件」が朝日新聞の報道で発覚。89年逮捕]。14年間で開廷数322回という国内裁判史上記録的な裁判が行われた。03年執行猶予付き有罪判決。

晩年は財団法人「江副育英会」理事長として過ごす。

2011年9月15日

阪神の久万元オーナーが死去

元阪神電気鉄道会長で元阪神タイガースオーナーの久万俊二郎、老衰のため神戸市内の病院で9日死去、90歳。

1921年神戸市生まれ、高知市出身。東京帝国大学(現:東京大学)を卒業。45年海軍将校として敗戦を迎える。
46年阪神電気鉄道に入社。経理部長、常務などをへて、82年社長に就任。92年会長に就任。この間97年に高級ホテル「ザ・リッツ・カールトン大阪」などが入る複合ビル「ハービスOSAKA」を開業させるなど、大阪・西梅田地区の再開発に尽力した。
84年阪神タイガースのオーナーに就任。85年日本シリーズで西武ライオンズと対戦し、球団史上初の日本一となった。その後野村克也、星野仙一を監督に招聘。04年スカウト活動の金銭授与問題で引責辞任。

2011年8月17日

読売新聞G本社社主の正力亨氏が死去

読売新聞グループ本社社主で読売ジャイアンツ名誉オーナーの正力亨、肺血症のため東京都内の病院で15日死去、92歳。

1918年東京生まれ。先代社主の正力松太郎の長男。42年慶応大学経済学部卒業。王子製紙に入社したのち、43年海軍経理学校卒業。海軍主計大尉で終戦。

56年読売新聞社に入社。よみうりランド取締役をへて、64年読売ジャイアンツオーナーに就任。68年日本テレビ放送網代表取締役副社長。70年読売新聞社社主、日本テレビ放送網取締役に就任。02年読売新聞グループ本社社主。

2011年6月 5日

元連合会長・内閣特別顧問の笹森清氏が死去

元連合会長で内閣特別顧問の笹森清、4日死去、70歳。

1940年東京都出身。埼玉県立川越高校を卒業。60年東京電力に入社。東京電力労組委員長、電力総連会長、連合事務局長などを経て、01年から4年間連合の会長を務めた。

連合会長退任後も民主党の「後見役」を務めた。10年内閣特別顧問に就任。

2011年3月30日

講談社社長、野間佐和子さん死去

講談社6代目社長の野間佐和子、心不全のため30日死去、67歳。

1943年東京都生まれ。4代目社長・野間省一の一人娘。64年清泉女子大学英文科を中退。
87年夫の惟道が急死し、6代目社長に就任。以降24年間務めた。村上春樹著「ノルウェイの森」など数々のベストセラーを世に出した。90年代後半には売上高2000億円超まで伸ばしたが、02年度戦後初の赤字決算を経験。4月に社長職を省伸さんに譲り、会長に就任する予定だった。

日本雑誌広告協会理事長、読書推進運動協議会会長、日本出版クラブ会長、国際文化フォーラム会長でもある。

2011年3月28日

日本テレビ・氏家齊一郎会長が死去

日本テレビ会長で元日本民間放送連盟会長の氏家斉一郎、多臓器不全のため東京都内の病院で28日死去、84歳。

1926年東京都生まれ。東京大学卒業。在学中に渡邉恒雄から勧誘され、日本共産党に入党。その後離党。51年読売新聞者に入社。経済部長、広告局長などを経て、80年常務取締役。

82年日本テレビ代表取締役副社長に転じ、85年最高顧問となる。退任後、セゾングループ最高顧問を経て、91年日本テレビに最高顧問として復帰。92年日本テレビ社長に就任。96年民放連会長に就任。01年日本テレビ会長兼CEO。

03年視聴率不正操作問題の責任を取りCEO辞任、会長職には留まる。05年日本テレビ代表取締役会議長に就任。09年日本テレビ代表取締役会長に復帰した。

このほか東京都歴史文化財団理事長、東京都現代美術館館長を務める。
野村ホールディングス会長の氏家純一とは親類関係。古河財閥の理事だった氏家貞一郎は父。

2011年2月10日

サントリー名誉会長 鳥井道夫氏死去

サントリーホールディングス名誉会長で元関西経済同友会代表幹事の鳥井道夫、肺炎のため6日死去、88歳。

1923年兵庫県出身。サントリー前身の寿屋創業者・鳥井信治郎の三男で、佐治敬三は兄。京都帝国大学(現:京都大学)経済学部卒。49年寿屋(現:サントリーホールディングス)入社。73年に副社長、90年副会長、01年名誉会長に就任した。
後発参入のウーロン茶事業をトップブランドへ育成するなどマーケティングで手腕を発揮。84年から2年間関西経済同友会代表幹事を務めた。

73年から34年間社団法人日本マーケティング協会会長としてマーケティングの研究活動を推進。98-99年まで世界マーケティング協会会長も務めた。龍谷大学経済学部客員教授でもある。著書に「和田胸算用」「商いルネッサンス」など。

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