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2012年6月23日

人間国宝の大場松魚さんが死去

漆芸家で人間国宝の大場松魚(本名:大場勝雄)、老衰のため石川県津幡町の病院で21日死去、96歳。

1916年金沢市生まれ。父宗秀に師事。、工業学校を卒業後、43年年上京。松田権六の内弟子となり2年間学ぶ。伊勢神宮式年遷宮御神宝「御鏡箱・御太刀鞘」、中尊寺金色堂の保存修理(昭和39年)に従事。その後本格的な平文の技法に取り組んだ。

82年人間国宝に認定される。

2011年3月30日

佐藤忠良さんが死去、具象彫刻の第一人者

彫刻家の佐藤忠良、老衰のため東京都杉並区の自宅で30日死去、98歳。

1912年宮城県舞野村(現:大和町)生まれ。6歳で父親を亡し、母弟と北海道夕張町に移住。東京美術学校(現:東京藝術大学)彫刻科を卒業。新制作派協会彫刻部創設に参加し、以後そこを主舞台にして人体像を発表。

ロダンやマイヨールなど、フランス近代彫刻に強い影響を受ける。第2次大戦で応召。シベリアでの抑留生活を終えて48年帰国。60年「群馬の人」をはじめとする一連の日本人の顔の作品で第3回高村光太郎賞受賞。その後、73年度芸術選奨文部大臣賞、74年芸術選奨文部大臣賞、75年中原悌二郎賞、89年朝日賞など受賞多数。
66年創設に参加した東京造形大学の教授を務める。81年パリの国立ロダン美術館で個展を開催。

日本人の体つきや内面をリアルに追究した。代表作に「帽子・あぐら」「帽子・夏」「若い女の像」など。
90年仙台市の宮城県美術館内に佐藤忠良記念館が開館。女優佐藤オリヱは娘。

2011年3月20日

瀬木慎一さんが肺炎のため死去

美術評論家の瀬木慎一、肺炎のため15日死去、80歳。

1931年東京都生まれ。中央大学法学部卒業。50年代から花田清輝、岡本太郎らの前衛芸術運動「夜の会」に参加し、美術評論を始める。ピカソ、北斎、写楽らの作家研究を深め、多くの展覧会を企画。総合美術研究所を設立。国内の美術市場を継続して調査した。
東京芸術大学でも美術論や芸術史の講義をした。TV番組「開運!なんでも鑑定団」の鑑定士としても知られる。

著書に「名画の値段」「日本美術事件簿」など。

2009年8月 7日

熊田千佳慕

細密画家の熊田千佳慕(本名:五郎)、誤嚥性肺炎のため横浜市の自宅で13日死去、98歳。

1911年横浜市生まれ。虫や鳥、草花などを美しい色彩で描写する細密画で知られた。
東京美術学校(現:東京芸大)に入学し、グラフィックデザイナー山名文夫に師事。在学中に写真・デザイン集団「日本工房」に入社。対外宣伝グラフ誌「NIPPON」のレイアウトなどを担当。同僚には写真家の土門拳らがいた。

戦後に絵本作家として「ふしぎの国のアリス」などを手掛けた。50年初めての絵本「みつばちの国のアリス」で装幀賞受賞。
60 歳頃から「ファーブル昆虫記」の虫たちを描く作品群を描き始める。81年70歳で同シリーズによりボローニャ国際絵本原画展に初入選。83年同展に2度目の入選を果たす。89年作品集「KUMADA CHIKABO'S LITTLE WORLD」で小学館出版文化賞を受賞。「日本のプチファーブル」とも呼ばれた。

2009年5月19日

滝平二郎

版画家で切り絵作家の滝平二郎、癌のため千葉県流山市の病院で16日死去、88歳。

1921年茨城県玉里村(現:小美玉市)生まれ。県立石岡農学校(現:茨城県立石岡第一高校)卒業。戦時中は沖縄戦に従軍・復員後に、木版画家として独立。55年ごろ上京し、装幀や版画、切り絵の仕事を始める。
67年児童文学作家の斎藤隆介と組んだ絵本「ベロ出しチョンマ」の切り絵挿画で注目される。故郷の農村風景などを詩情豊かに描いた作品で知られ、挿絵を手掛けた絵本「花さき山」「モチモチの木」などが人気を集めた。

70年講談社第1回出版文化賞(ブックデザイン部門)、74年度モービル児童文化賞、第10回絵本にっぽん賞など数々の賞を受賞。

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