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2010年3月25日

木村威夫

映画美術監督の木村威夫、間質性肺炎のため東京都世田谷区の病院で21日死去、91歳。

1916年東京都出身。伊藤熹朔に師事。41年日活に入社。「海の呼ぶ声」で美術監督としてデビュー。戦後は日活、独立プロなどで、映画美術を担当。63年「悪太郎」をきっかけに鈴木清順監督作品の美術を担当。「ツィゴイネルワイゼン」「けんかえれじい」「東京流れ者」など鈴木作品で魅力的な映像を作り出した。72年にフリーとなり、以降は林海象など若手監督の作品にも積極的に参加。代表作に熊井啓監督「忍ぶ川」、林海象監督「夢みるように眠りたい」のほか「雁」「或る女」「少年時代」など。

91年「式部物語」でモントリオール世界映画祭で最優秀美術貢献賞を受賞。04年自身初の監督作品となる短編映画「夢幻彷徨」を公開。08年長編映画「夢のまにまに」を公開。長編映画監督デビューとしては世界最高齢の90歳だった。

2010年3月19日

村田良平

外務省などによると、元外務事務次官で駐米大使を務め、退官後、米軍の核兵器持ち込みを巡る密約の存在を認める証言をした村田良平(むらた・りょうへい)さんが18日午後2時5分、京都市内の自宅で亡くなった。80歳。

村田さんは1960年の日米安全保障条約改定時に、核兵器搭載艦船の寄港などを日本政府が認めた「核持ち込み密約」について、前任次官から文書で「引き継ぎ」を受けていたことを昨年6月、毎日新聞に証言した。

今月6日、毎日新聞が密約問題について自宅に電話取材した際、「私は肺がんで、取材に応じられる状態でもないのでお断りしている」と話していた。

2010年2月18日

井上梅次監督

映画監督の井上梅次、脳出血のため11日死去、86歳。

1923年京都市下京区生まれ。47年慶應義塾大学経済学部卒業後、新東宝に入社。52年「恋の応援団長」で監督デビュー。55年日活に移籍。石原裕次郎主演の映画「嵐を呼ぶ男」が大ヒット。60年フリーになり、新東宝、日活以外の邦画4社で活躍。ショウ・ブラザーズに呼ばれ、香港でも映画を撮る。このほか天知茂主演の「明智小五郎シリーズ」などテレビドラマの監督も多数務めた。83年近藤真彦主演で「嵐を呼ぶ男」のリメイクも手がけた。

2010年2月12日

司会者の玉置宏

司会者の玉置宏(本名:玉置宏行)、脳幹出血のため神奈川県内の病院で11日死去、76歳。

1934年川崎市生まれ。56年明治大学商学部卒業後、文化放送に入社しアナウンサーとなる。58年独立し司会者として活躍した。「ロッテ歌のアルバム」「象印スターものまね大合戦」で人気を博し、「1週間のごぶさたでした」の名調子が有名。このほかテレビ「にっぽんの歌」「昭和歌謡大全集」、ラジオ「玉置宏の芸能伝説」「ラジオ名人寄席」などの長寿番組を担当した。

86年メガロポリス歌謡祭特別賞受賞、04年横浜文化賞、07年林家彦六特別賞などを受賞。
02年大衆芸能専門館「横浜にぎわい座」館長に就任して、演芸イベントでも活躍。日本司会芸能協会名誉会長も務めた。

2010年1月16日

田の中勇

田の中勇氏(たのなか・いさむ、本名・田野中勇=たのなか・いさむ=声優)13日、心筋梗塞(こうそく)のため死去、77歳。

テレビアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の目玉おやじ役を昭和43年の第1期シリーズから一貫して担当。映画「スターウォーズエピソードI・II」ではジャー・ジャー・ビンクス役を吹き替えるなど、アニメや映画で幅広く活躍した。

2009年12月31日

白柳誠一

カトリック枢機卿の白柳誠一、心筋梗塞のため静養先の東京都練馬区の修道院で30死去、81歳。

1928年東京都八王子市生まれ。51年上智大学哲学科卒業。54年上智大学神学科修了し司祭叙階。60年ウルバノ大学(ローマ)大学院教会法専攻修了、カノン法法学博士取得。70年東京大司教に就任。82年国連軍縮特別総会に際し、国内約43万人分の署名を集めて提出するなど積極的な社会活動を展開。94年10月に前法王ヨハネ・パウロ2世から日本人として4人目の枢機卿に任命された。第2次世界大戦における日本教会の戦争責任を初めて公式に謝罪。世界宗教者平和会議日本委員会の理事長を務めるなど、宗派を超えて国際社会の平和実現に尽力した。

2009年12月18日

涌井紀夫

最高裁判事の涌井紀夫、肺癌のため東京都港区の病院で17日死去、67歳。

1942年神戸市生まれ。京都大学法学部卒。66年東京地方裁判所判事補。83年東京地方裁判所判事。02年福岡高裁、05年大阪高裁長官などを経て、06年最高裁判事となる。第1小法廷に所属。

07年在外被爆者への手当支給を認めなかった国の通達を違法とした判決、08年住民基本台帳ネットワークを合憲とする判決で裁判長を務めた。09年衆院選と同時に行われた最高裁判所裁判官の国民審査で信任されたばかりだった。

2009年11月12日

森繁久彌 俳優

俳優の森繁久彌(旧姓:菅沼)、東京都内の病院で老衰のため10日死去、96歳。

1913年大阪府枚方町(現:枚方市)生まれ。7歳の時に母方の祖父の姓を継いで「森繁」姓となる。34年早稲田大学商学部に入学し、演劇部で活動。36年軍事教練を拒否して大学を中退し、東京宝塚(現:東宝)新劇団に入団。その後は数々の劇団を渡り歩く。39年NHKアナウンサー試験に合格し、満州電信電話の放送局に勤務。敗戦でソ連軍に連行されるが、46年帰国。

47年衣笠貞之助監督「女優」に端役で映画初出演。50年新東宝の「腰抜け二刀流」で映画初主演。その後、東宝の「社長シリーズ」「駅前シリーズ」などで主役を務め、人気を博した。55年豊田四郎監督「夫婦善哉」で、名演技が認められる。

テレビでも草創期から活躍しドラマ「七人の孫」「だいこんの花」などに出演。59-65年までNHK紅白歌合戦に歌手として7年連続出場した。

59年「森繁劇団」を結成し、持続的に演劇活動を行う。ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」は900回に渡りユダヤ人・テヴィエ役を演じ、代表作となった。

82年日本俳優連合の理事長に就任。86年早稲田大学から卒業証書を受け、正式に卒業を認められた。91年大衆芸能の分野で初の文化勲章を受章。04年正月放送「向田邦子の恋文」が最後の俳優活動となった。07年日本俳優連合の名誉会長となる。

2009年11月 5日

武藤嘉文

元外相の武藤嘉文、膵臓癌のため東京都内の病院で4日死去、82歳。

1926年岐阜県生まれ。京都大学法学部を卒業し、ファミリー企業の武藤醸造(現:菊川)に入社。59年武藤本店社長に就任。

67年衆院総選挙に旧岐阜1区から自民党公認で立候補し当選。以後13回連続当選。渡辺美智雄の側近として知られる。79年第2次大平内閣で農林水産大臣として初入閣。90年通産大臣、93年外務大臣、95年自民党総務会長、96年総務庁長官などを歴任。05年衆院選を前に引退した。

2009年10月30日

落語家の三遊亭円楽

TV番組「笑点」大切りで司会を務めた落語家の5代目三遊亭円楽(本名:吉河寛海)、肺癌のため29日死去、76歳。

1932年東京市浅草区(現:東京都台東区)生まれ。埼玉県立杉戸農業高校を卒業。55年6代目三遊亭円生に入門。全生を名乗り、58年二つ目、62年真打ちに昇進し円楽を襲名。
60年代の演芸ブームで立川談志、古今亭志ん朝、橘家円蔵と「寄席四天王」と呼ばれた。78年真打ち制度の在り方をめぐり円生とともに落語協会を脱退、その後円楽一門会総帥として活動を続けた。

日本テレビ系の園芸番組「笑点」は初回から参加。77年タレント廃業宣言を行い、一時番組を降りる。その後復帰し82-06年まで「笑点」司会を務めた。
07年落語家を引退。得意演目は「中村仲蔵」「藪入り」など。円生さんとともに落語協会を脱退。円生さん死後は弟子たちを率いた。

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