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2014年9月26日

作詞家の山口洋子さんが死去

作家で作詞家の山口洋子、呼吸不全のため東京都内の病院で6日死去、77歳。

1937年名古屋市出身。京都女子高校中退後、東映の第4期ニューフェースに合格。

56年19歳で東京・銀座にクラブ「姫」を開店。そのかたわら作詞を始め、70年代に五木ひろし「夜空」「よこはま・たそがれ」、中条きよし「うそ」など作曲家の平尾昌晃とのコンビで多くのヒット曲を生んだ。ほかに、石原裕次郎「ブランデーグラス」、98年日本作詩大賞を受賞した山川豊「アメリカ橋」などがある。

80年小説「情人(アマン)」でデビュー。84年「プライベート・ライブ」で吉川英治文学新人賞、85年「演歌の虫」「老梅」で直木賞を受賞した。

2014年5月 5日

作家の渡辺淳一さんが死去

作家の渡辺淳一、前立腺癌のため東京都内の自宅で4月30日死去、80歳。

1933年北海道砂川町(現:上砂川町)生まれ。58年札幌医科大学医学部を卒業。同大学で整形外科講師として勤務。68年札幌医科大学で行われた日本初 の心臓移植手術「和田移植」をテーマに「小説・心臓移植」(のち「白い宴」に改題)を執筆。これがきっかけで大学を退職、文筆活動に専念。
70年明治時代の西南戦争で負傷した2人の軍人の人生を描いた小説「光と影」で直木賞を受賞。
95年不倫関係を描いた「失楽園」がベストセラーになり、映画化やTVドラマ化された。

ほかに79年「冬季落日」「長崎ロシア遊女館」で吉川英治文学賞、83年「静寂の声 ― 乃木希典夫人の生涯」で文藝春秋読者賞を受賞。『』
近年は中国で「言情大師」(叙情の巨匠)と称され、人気作家となっている。

2013年1月30日

作家の安岡章太郎さんが死去

作家の安岡章太郎、老衰のため東京都内の自宅で26日死去、92歳。

1920年高知市生まれ。幼少時に全国各地を転居、5歳で京城(現:ソウル)に移り、。小学3年時に青森県弘前市に転居し、同5年から東京に暮らす。41年慶応大学文学部予科に入学、44年陸軍に召集されるが翌年肺結核で除隊処分。終戦後の48年慶応大学英文科を卒業。

51年デビュー作「ガラスの靴」が芥川賞候補、53年「悪い仲間」「陰気な愉しみ」で芥川賞を受賞。吉行淳之介らとともに「第三の新人」と目された。60年「海辺の光景」で芸術選奨・野間文芸賞を受賞。同年ロックフェラー財団に招かれ米国留学。

81年「流離譚」で日本文学大賞、89年「僕の昭和史」全3巻で野間文芸賞、91年「伯父の墓地」で川端康成文学賞を受賞。このほか芸術院賞、毎日出版文化賞、読売文学賞小説賞など受賞多数。01年文化功労者。

2012年6月23日

作家の赤江瀑が死去

作家の赤江瀑(本名:長谷川敬)、心不全のため山口県下関市の自宅で8日死去、70歳。

1933年山口県下関市生まれ。55年日本大学芸術学部演劇科を卒業。在学中は詩の同人誌「詩世紀」に参加。

放送作家を経て、70年「ニジンスキーの手」で小説現代新人賞を受賞しデビュー。73年 「罪喰い」で直木賞候補。74年「オイディプスの刃」で角川小説賞を受賞。75年「金環食の影飾り」で直木賞候補。83年「海峡」「八雲が殺した」で泉鏡花文学賞を受賞。

芸能や伝統工芸に材を取った耽美的な作品で知られる。

戯曲「夜の藤十郎」なども手掛けた。

2012年6月 8日

放送作家の新倉イワオさんが死去

放送作家の新倉イワオ(本名:新倉巌)、大腸癌のため9日死去、87歳。

1924年神奈川県生まれ。。専修大学経済学部を卒業。45年終戦を機に舞台・ラジオを中心にプロデューサー、ディレクターとしてNHK、民放の各種番組に従事。日本テレビの設立に関わる。60年放送作家に転向。同局系の人気番組「笑点」では、66年放送開始から構成を担当。バラエティー番組「特ダネ登場!?」を手がけた。

心霊研究家としても知られる。「お昼のワイドショー」内の人気コーナーで心霊現象を扱う「あなたの知らない世界」ではコメンテーターを務めた。宜保愛子を世に出した仕掛け人でもある。

2012年5月15日

推理作家の吉村達也氏死去

作家の吉村達也、進行性胃癌のため14日死去、60歳。

1952年東京都出身。一橋大学商学部を卒業。フジサンケイグループ入社。ニッポン放送制作部をへて、扶桑社出向。扶桑社時代に書いた「Kの悲劇」でデビュー。90年独立して執筆に専念。

朝比奈耕作シリーズをはじめ、数々の推理小説、ホラー小説で人気を集めた。

2012年2月 1日

芥川賞作家 岡松和夫さん死去

作家の岡松和夫、肺炎のため神奈川県鎌倉市内の病院で1月21日死去、80歳。
1931年福岡市生まれ。東京大学文学部仏文学科を卒業後、56年同大学文学部国文科を卒業。

横浜学園高校に勤務。66年関東学院短期大学国文科専任講師に就任、助教授をへて、73年教授に就任。

この間59年「壁」で文学界新人賞を受賞。立原正秋らの同人誌「犀」に参加。福岡で迎えた敗戦体験や東京大学での左翼体験とその離脱などをテーマに、端正な作品を発表した。

76年「志賀島」で芥川賞、86年「異郷の歌」で新田次郎文学賞、98年「峠の棲家」で木山捷平文学賞をそれぞれ受賞した。

2012年1月 4日

作家の真樹日佐夫氏が死去

作家で真樹道場首席師範の真樹日佐夫(本名:高森真土)、急性肺炎のため神奈川県内の病院で2日死去、71歳。

1940年東京都出身。漫画原作者の故梶原一騎の実弟。兄の紹介で極真会館に入門。極真会館東京渋谷支部長や通信教育部門「マス大山カラテスクール」で指導し、77年総本部第三代師範代となる。80年真樹道場設立。

本名で書いた「凶器」で68年オール讀物新人賞、00年「兄貴」でJLNA文学賞特別賞を受賞。梶原との共同作品の際は、正木亜都のペンネームを用いた。

「ワル」など漫画原作や映画プロデュースも手がけた。ほかに世界空手道連盟真樹道場宗師 キックボクシング真樹ジム会長。真樹プロダクション代表取締役など。

作家で俳優の内藤陳さんが死去

作家で俳優の内藤陳、食道癌のため東京都品川区の病院で28日死去、75歳。

1936年東京都生まれ。父はプロレタリア文学作家内藤辰雄。

日本大学芸術学部中退。コントグループ「トリオ・ザ・パンチ」を結成しなどに出演。「おら、ハードボイルドだど!」などのギャグでV番組で人気を得る。

81年から月刊誌で冒険小説やハードボイルド小説を紹介するコラム「読まずに死ねるか!」を執筆。同年日本冒険小説協会を設立、会長を務める。

俳優として映画「麻雀放浪記」「月はどっちに出ている」などに出演。

東京・新宿のゴールデン街でバー「深夜プラスワン」を経営。

2011年12月16日

脚本家の市川森一氏死去

脚本家の市川森一、肺癌のため東京都内で10日死去、70歳。

1941年長崎県諫早市生まれ。て日本大学芸術学部を卒業。66年「快獣ブースカ」』第4話「ブースカ月へ行く」で脚本家デビュー。「ウルトラマンA」などの脚本を手がけた後、大人番組に軸足を移す。

79年舞台「黄金の日日」の戯曲で大谷竹次郎賞受賞。81年「港町純情シネマ」などで芸術選奨新人賞受賞。83年「淋しいのはお前だけじゃない」で第1回向田邦子賞受賞。89年「異人たちとの夏」で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。同年「明日 - 1945年8月8日・長崎」「もどり橋」「伝言」でり芸術選奨文部大臣賞受賞。99年「幽婚」でモンテカルロ・テレビ祭最優秀脚本賞を受賞。

鎮西学院理事・評議員、長崎歴史文化博物館名誉館長、日本放送作家協会理事長なども務めた。

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