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2014年5月 5日

支那そばやの佐野実さんが死去

ラーメン店「支那そばや」創業者の佐野実、多臓器不全のため川崎市内の病院で11日死去、63歳。

1951年神奈川県横浜市戸塚区生まれ。藤沢商業高校(現:藤沢翔陵高校)を卒業。不二家レストランに就職。86年藤沢市に「支那そばや」を開店。08年 「支那そばや」本店を横浜市戸塚区に移す。12年新横浜ラーメン博物館店を営業。、「ラーメンの鬼」の異名で知られ、テレビ他多数のメディアに登場した。

中華料理の周富徳さんが死去

中華料理店「広東名菜富徳」店主の周富徳、誤嚥性肺炎のため横浜市内の病院で8日死去、71歳。

1943年横浜市出身。両親は中国広東省の出身。横浜中華街の料理人。高校卒業後、18歳で東京・新橋の中華飯店に入る。京王プラザホテル、聘珍樓などをへて、91年東京・赤坂「璃宮」の総料理長に。その後、独立して青山の「富徳」を経営。

日本での広東料理の第一人者で、NHK「きょうの料理」などTV番組の講師を担当、バラエティー番組「料理の鉄人」では独創的な中華料理を披露し、「炎の料理人」と呼ばれた。
95年堂本光一主演で半生記がドラマ化される。

2013年10月27日

漫画家の風間やんわりさんが死去

漫画家の風間やんわり、肝機能障害のため22日死去、36歳。

1977年東京都板橋区出身。95年高校在学中に「食べれません」でデビュー。18年にわたる長期連載となった。「週刊ヤングマガジン」「FRIDAY」などで4コマギャグ漫画を連載。

コラムニスト天野祐吉さんが死去

コラムニストで元雑誌「広告批評」編集長の天野祐吉、間質性肺炎のため20日死去、80歳。

1933年東京市足立区生まれ。明治学院大学中退。創元社、博報堂を経て独立。79年雑誌「広告批評」(09年休刊)を創刊し、編集長や発行人を務めた。

05年NHK放送文化賞を受賞。06-07年は放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送番組委員会委員長も務めた。「広告論講義」など著書多数。

02-07年まで松山市立子規記念博物館館長を務める。07年名誉館長に就任。

2013年9月13日

日本腹話術師協会名誉会長の川上のぼるさんが死去

日本腹話術師協会名誉会長の川上のぼる(本名:川上登)、心不全のため7日死去、83歳。

1929年京都市出身。腹話術師、声帯模写師。京都学芸大学(現:京都教育大学)を卒業。51年朝日放送開局で大学生タレント第1号としてラジオ出演、「ハリスクイズ」「ピアス歌のカクテルパーティー」の司会を担当。その後TVで「スチャラカ社員」「てっちゃん劇場」「道頓堀アワー」などに出演した。

舞台では「川上のぼるとリズムボーンズ」を結成、63年「川上のぼると大阪ヤローズ」と改称し、音楽や腹話術、声帯模写などを疲労した。

96年上方お笑い大賞特別賞受賞、97年大阪市民表彰(文化功労)を受賞。

2013年3月26日

漫画家のいわしげ孝さんが死去

漫画家のいわしげ孝(本名:岩重孝)、3月6日死去、58歳。

1954年鹿児島市出身。70年高校在学中に「週刊少年ジャンプ」新人漫画賞で「小さな命」が入選、71年同誌正月号に掲載されデビュー。二松学舍大学を卒業。

大学卒業後、78年「忘れ雪」で小学館新人コミック賞を受賞し、漫画家として本格デビュー。80年はるき悦巳のアシスタントとなる。86年「ぼっけもん」』で小学館漫画賞を受賞。

作品に「花マル伝」「ジパング少年」「上京花日」、五木寛之原作の「青春の門」などがある。

2012年10月 3日

流通ジャーナリストの金子哲雄が死去

金子哲雄

流通ジャーナリストの金子哲雄、肺カルチノイドのため2日死去、41歳。

1971年千葉県生まれ、横浜育ち。慶応大学文学部を卒業。94年ジャパンエナジー(JOMO、現:JXホールディングス)に入社。1年後にコンサルタントとして独立。99年からは、「流通ジャーナリスト(兼プライスアナリスト)」の肩書きで、流通専門誌や女性誌に記事を執筆。09年京都産業大学大学院経済学研究科(通信教育課程)を修了。

一般社団法人「丸の内買物研究所」主席研究員を務める。

TV番組「行列のできる法律相談所」「ホンマでっか!?TV」などに出演。
著書に「『値切り』のマジック」「超三流主義」「『激安』のからくり」など。

2012年9月28日

三味線漫談家の玉川スミが死去

三味線漫談家の玉川スミ(本名:中川スミ)、心不全のため東京都文京区の病院で25日死去、92歳。

1920年福島県郡山市出身。父は浪曲師の桃中軒雲工。天才少女浪曲師として3歳で初舞台。劇団や民謡一座を転々とし、14歳までに13回親が変わっている。その後、漫才に転向。58年三味線漫談を一人で始めた。120本の扇子を使って松の木をかたどる「松づくし」を考案。71年度の芸術祭優秀賞(大衆芸能部門)を受賞。

2012年8月 1日

北村治氏死去(能楽小鼓方大倉流、人間国宝)

人間国宝で能楽小鼓方大倉流の北村治、多臓器不全のため東京都渋谷区の病院で31日死去、75歳

1936年東京生まれ。大倉流小鼓を父・一郎にまなぶ。47年「吉野天人」で初舞台。91-93年まで能楽協会理事を務める。03年重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。

西尾忠久氏(コピーライター)が死去

コピーライターの西尾忠久、食道癌のため28日死去、82歳。

1930年鳥取市生まれ。関西大学経済学部を入学し、谷沢永一主宰の同人誌「えんぴつ」に開高健らと参加。在学中に、三洋電機のハウスオーガン(PR誌)の文筆家として入社。宣伝部に配属され家電向けPR誌の編集を担当。米国で主流になりつつあったクリエイティブ手法、ノン・グラフィックを創始したことで知られるDDBのクリエイティブシーンを松本善之助らと共に日本に紹介。53年同大学卒業。60年代には蟻田善造、梶祐輔らと共に、日本デザインセンターのコピーライティングチーフに就任。

東京コピーライターズクラブ名誉殿堂入り。

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