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2011年12月 2日

帰ってきたウルトラマン、リトル巨人くんの内山まもるが逝去

漫画家の内山まもる(本名:内山守)、1日死去、62歳。

1949年茨城県生まれ。中学卒業後、タツノコプロに入社。在籍中の68年潮出版社「希望の友」に「チェ・ゲバラ」を発表しデビュー。小学館で「ジャンボーグA(円谷プロダクション)」の連載開始。その後退社し独立。

代表作に「帰ってきたウルトラマン」「ウルトラマンA」「ザ・ウルトラマン」「リトル巨人くん」など。

2011年10月11日

人間国宝で歌舞伎俳優の中村芝翫さんが死去

中村芝翫

歌舞伎俳優で人間国宝の7代目中村芝翫(本名:中村栄次郎)、肝不全のため東京都文京区の病院で10日死去、83歳。

1928年東京都出身。父は5代目中村福助、33年5歳で4代目中村児太郎を名乗り東京・歌舞伎座で初舞台。41年7代目中村福助、67年7代目中村芝翫を襲名。女形として「伽羅先代萩」の政岡、「魚屋宗五郎」の女房おはまを演じ、舞踊では「藤娘」「娘道成寺」などで知られた。屋号は成駒屋、定紋は祇園守。

63年芸術祭奨励賞、89年日本芸術院会員、96年人間国宝に認定。06年文化功労者、08年から日本俳優協会会長を務めた。

中村福助は長男、次男は中村橋之助は次男、中村勘三郎は娘婿。

2011年7月10日

漫画家の和田慎二さん死去

漫画家の和田慎二(本名:岩本良文)、5日死去、61歳。

1950年広島県呉市出身。71年東海大学在学時に「パパ!」が「別冊マーガレット」に掲載されデビュー。76-82年まで「スケバン刑事」が「花とゆめ」に連載され、人気を呼ぶ。
他の代表作に「超少女明日香」シリーズをはじめ、「忍者飛翔」「ピグマリオ」「怪盗アマリリス」「少女鮫」など。

2011年1月10日

中村富十郎さん 死去 人間国宝「弁慶」あたり役

中村富十郎

歌舞伎立ち役の中村富十郎(本名:渡邉一)、直腸癌のため東京都内の病院で3日死去、81歳。

1929年東京生まれ。関西歌舞伎で活躍した女形の四代目中村富十郎と、舞踊家で吾妻流家元の吾妻徳穂の長男。43年坂東鶴之助を名のり、大阪・中座「鏡獅子」の胡蝶で初舞台。その後、演劇評論家の武智鉄二主宰の実験公演「武智歌舞伎」で人気を博す。当時は中村扇雀を名のっていた坂田藤十郎とともに「扇鶴時代」を築いた。

東京に拠点を移し、64年歌舞伎座で六代目市村竹之丞を襲名。72年同座で「逆櫓」の樋口、「京鹿子娘道成寺」の花子で五代目富十郎を襲名。「加賀鳶」の道玄、「天下茶屋聚」の元右衛門、「勧進帳」の弁慶、「頼朝の死」の畠山重保、「忠臣蔵」の師直と平右衛門、舞踊の「船弁慶」「鏡獅子」「うかれ坊主」、中村雀右衛門と踊った「二人椀久」などあたり役は多い。

74年NHK大河ドラマ「勝海舟」、80年「獅子の時代」にも出演。

勉強会「矢車会」を主宰し、09年史上最高齢の79歳で「勧進帳」の弁慶をつとめ、「連獅子」を当時10歳の長男鷹之資と踊った。10年11月新橋演舞場公演「吉例顔見世大歌舞伎」の「逆櫓」の畠山重忠が最後の舞台になった。

屋号は天王寺屋。定紋は鷹の羽八ツ矢車。85年眞山青果賞大賞、86年日本芸術院賞、94年人間国宝、96年芸術院会員、08年文化功労者に認定された。

96年33歳年下で元女優の橋爪正恵と結婚。

2010年11月14日

落語立川流一門・立川談大

立川流一門の落語家・立川談大(本名:桜井達男)、蜘蛛膜下出血のため東京都内の病院で4日死去、36歳。
10月27日師匠の立川談志を羽田空港まで車で送り、帰る時に頭痛を訴えた。その夜自宅アパートで倒れて病院に搬送され、意識が戻らなかった。

1997年5月に立川談志に入門し、2007年7月に二つ目に昇進。大柄な風貌で淡々と演じる古典落語の中にある不思議な面白さが持ち味だった。談志は「ああ、談大無念也。お前は俺の弟子なのだ、バカヤロウ」と悲痛なコメントを寄せた。

2010年2月12日

司会者の玉置宏

司会者の玉置宏(本名:玉置宏行)、脳幹出血のため神奈川県内の病院で11日死去、76歳。

1934年川崎市生まれ。56年明治大学商学部卒業後、文化放送に入社しアナウンサーとなる。58年独立し司会者として活躍した。「ロッテ歌のアルバム」「象印スターものまね大合戦」で人気を博し、「1週間のごぶさたでした」の名調子が有名。このほかテレビ「にっぽんの歌」「昭和歌謡大全集」、ラジオ「玉置宏の芸能伝説」「ラジオ名人寄席」などの長寿番組を担当した。

86年メガロポリス歌謡祭特別賞受賞、04年横浜文化賞、07年林家彦六特別賞などを受賞。
02年大衆芸能専門館「横浜にぎわい座」館長に就任して、演芸イベントでも活躍。日本司会芸能協会名誉会長も務めた。

2010年1月13日

落語家の春風亭栄橋

春風亭栄橋さん70歳(しゅんぷうてい・えいきょう)12日、パーキンソン病のため死去。

東京都出身。1957年、三代目桂三木助に入門し、その後六代目春風亭柳橋門下に。73年真打ち。日本テレビ系の人気番組「笑点」で初代司会者、立川談志さんの時代に大喜利メンバーとして活躍した後、長期療養を続けていた。

2010年1月10日

東恵美子

東恵美子さん85歳(本名・南恵美子)8日、急性心不全のため死去。

東京都出身。1948年、俳優座に入団。54年に退団して、山岡久乃さんらと青年座を結成。その後は中心的なメンバーとして活躍した。舞台「写楽考」で71年度の芸術祭優秀賞、舞台「黄昏(たそがれ)」「ジャンナ」で97年度の芸術選奨文部大臣賞を受賞。テレビドラマや映画でも主に脇役として、多数の作品に出演。社会心理学者の南博さんと別居した形の「自由結婚」でも話題になった。

2009年10月30日

落語家の三遊亭円楽

TV番組「笑点」大切りで司会を務めた落語家の5代目三遊亭円楽(本名:吉河寛海)、肺癌のため29日死去、76歳。

1932年東京市浅草区(現:東京都台東区)生まれ。埼玉県立杉戸農業高校を卒業。55年6代目三遊亭円生に入門。全生を名乗り、58年二つ目、62年真打ちに昇進し円楽を襲名。
60年代の演芸ブームで立川談志、古今亭志ん朝、橘家円蔵と「寄席四天王」と呼ばれた。78年真打ち制度の在り方をめぐり円生とともに落語協会を脱退、その後円楽一門会総帥として活動を続けた。

日本テレビ系の園芸番組「笑点」は初回から参加。77年タレント廃業宣言を行い、一時番組を降りる。その後復帰し82-06年まで「笑点」司会を務めた。
07年落語家を引退。得意演目は「中村仲蔵」「藪入り」など。円生さんとともに落語協会を脱退。円生さん死後は弟子たちを率いた。

2009年9月23日

庄野潤三

作家の庄野潤三、老衰のため川崎市多摩区の自宅で21日死去、88歳。

1921年大阪市生まれ。41年大阪外国語学校(現:大阪大学外国語学部)英語科卒業後、九州帝国大学法文学部卒業。海軍予備学生として出征。終戦後、教員を経て朝日放送に入社。55年「プールサイド小景」で芥川賞。「第三の新人」の一人とされた。57年から1年間の滞米生活を「ガンビア滞在記」として発表。

60年「静物」で新潮社文学賞、65年「夕べの雲」で読売文学賞、69年「紺野機業場」で芸術選奨文部大臣賞、71年「絵合せ」で野間文芸賞、72年「明夫と良二」で毎日出版文化賞、73年日本芸術院賞受賞、78年日本芸術院会員。

父は帝塚山学院初代学院長の庄野貞一、兄は児童文学者・帝塚山学院長の庄野英二。なお弟の庄野至は織田作之助賞受賞者。

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