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2012年5月14日

「空手バカ一代」の作画、影丸穣也氏が死去

漫画家の影丸穣也(本名:久保本稔)、膵臓癌のため4月5日死去、72歳。

1940年大阪市港区出身。中学校を卒業後、自動車整備工場に就職。57年探偵漫画「怪獣男爵」でデビュー。63年上京。71-77年まで漫画誌に掲載された梶原一騎原作「空手バカ一代」の後半部分の作画を担当。
このほか代表作に「八つ墓村」「悪魔が来りて笛を吹く」「白鯨」「怪奇大作戦」「私は貝になりたい」「ワル」など多数。
03年「ワル・最終章」を成人雑誌に掲載。ペンネームを影丸穣也に変更。
その後NHKの人気番組「プロジェクトX」やNHK大河ドラマ「義経」のコミック版を制作。

2012年4月30日

元毎日放送アナウンサー、小池清氏が死去

元毎日放送(MBS)アナウンサーの小池清、肺炎のため大阪府の病院で28日死去、80歳。

1931年東京出身。早稲田大学第一文学部英文科を卒業。54年新日本放送(現:毎日放送)にアナウンサーとして入社。MBSテレビで63-83年まで20年間にわたって「アップダウンクイズ」初代出題者と2代目司会者を担当。全国区の知名度と人気を得た。

アナウンス室長、秘書室長、報道局解説委員長、社長室長を歴任。93年毎日放送を定年退職。

「編集王」の漫画家・土田世紀さん死去

漫画家の土田世紀、肝硬変のため24日死去、43歳。

1969年秋田県大森町(現:横手市)出身。秋田県立新屋高校を卒業。86年17歳のとき投稿作「残暑」でコミックオープン・ちばてつや賞一般部門に入選。その後「未成年」シリーズの第1話となりデビュー。87年「未成年」で月刊アフタヌーン四季賞を受賞。
99年「同じ月を見ている」で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞、05年窪塚洋介主演で映画化。08年「ギラギラ」がテレビ朝日系でドラマ化された。

他の作品に「編集王」「俺節」「俺のマイボール」「競馬狂走伝ありゃ馬こりゃ馬」など。
週刊漫画ゴラクで「かぞく」を連載中だった。

2012年2月24日

人間国宝の女形、中村雀右衛門さんが死去

歌舞伎女形の最長老で人間国宝の中村雀右衛門(なかむら・じゃくえもん、本名・青木清治=あおき・きよはる)さんが23日午後3時55分、肺炎のため死去した。91歳。

大正9年、六代目大谷友右衛門の長男として生まれ、昭和2年、6歳のとき大谷広太郎を名乗り市村座で初舞台。21年に兵役から復員後、女形に転向。23年、大谷友右衛門を襲名。25年に映画「佐々木小次郎」(稲垣浩監督)に出演し、人気スターに。

その後、関西歌舞伎で活躍し、39年、「金閣寺」の雪姫などで四代目中村雀右衛門を襲名。「本朝廿四孝(にじゅうしこう)」の八重垣姫など数多くの当たり役を持ち、歌舞伎界を代表する女形として活躍した。

平成3年に人間国宝認定。12年、勲三等瑞宝章。16年、文化勲章。長男は八代目大谷友右衛門、二男は七代目中村芝雀。

2011年12月 2日

帰ってきたウルトラマン、リトル巨人くんの内山まもるが逝去

漫画家の内山まもる(本名:内山守)、1日死去、62歳。

1949年茨城県生まれ。中学卒業後、タツノコプロに入社。在籍中の68年潮出版社「希望の友」に「チェ・ゲバラ」を発表しデビュー。小学館で「ジャンボーグA(円谷プロダクション)」の連載開始。その後退社し独立。

代表作に「帰ってきたウルトラマン」「ウルトラマンA」「ザ・ウルトラマン」「リトル巨人くん」など。

2011年10月11日

人間国宝で歌舞伎俳優の中村芝翫さんが死去

中村芝翫

歌舞伎俳優で人間国宝の7代目中村芝翫(本名:中村栄次郎)、肝不全のため東京都文京区の病院で10日死去、83歳。

1928年東京都出身。父は5代目中村福助、33年5歳で4代目中村児太郎を名乗り東京・歌舞伎座で初舞台。41年7代目中村福助、67年7代目中村芝翫を襲名。女形として「伽羅先代萩」の政岡、「魚屋宗五郎」の女房おはまを演じ、舞踊では「藤娘」「娘道成寺」などで知られた。屋号は成駒屋、定紋は祇園守。

63年芸術祭奨励賞、89年日本芸術院会員、96年人間国宝に認定。06年文化功労者、08年から日本俳優協会会長を務めた。

中村福助は長男、次男は中村橋之助は次男、中村勘三郎は娘婿。

2011年7月10日

漫画家の和田慎二さん死去

漫画家の和田慎二(本名:岩本良文)、5日死去、61歳。

1950年広島県呉市出身。71年東海大学在学時に「パパ!」が「別冊マーガレット」に掲載されデビュー。76-82年まで「スケバン刑事」が「花とゆめ」に連載され、人気を呼ぶ。
他の代表作に「超少女明日香」シリーズをはじめ、「忍者飛翔」「ピグマリオ」「怪盗アマリリス」「少女鮫」など。

2011年1月10日

中村富十郎さん 死去 人間国宝「弁慶」あたり役

中村富十郎

歌舞伎立ち役の中村富十郎(本名:渡邉一)、直腸癌のため東京都内の病院で3日死去、81歳。

1929年東京生まれ。関西歌舞伎で活躍した女形の四代目中村富十郎と、舞踊家で吾妻流家元の吾妻徳穂の長男。43年坂東鶴之助を名のり、大阪・中座「鏡獅子」の胡蝶で初舞台。その後、演劇評論家の武智鉄二主宰の実験公演「武智歌舞伎」で人気を博す。当時は中村扇雀を名のっていた坂田藤十郎とともに「扇鶴時代」を築いた。

東京に拠点を移し、64年歌舞伎座で六代目市村竹之丞を襲名。72年同座で「逆櫓」の樋口、「京鹿子娘道成寺」の花子で五代目富十郎を襲名。「加賀鳶」の道玄、「天下茶屋聚」の元右衛門、「勧進帳」の弁慶、「頼朝の死」の畠山重保、「忠臣蔵」の師直と平右衛門、舞踊の「船弁慶」「鏡獅子」「うかれ坊主」、中村雀右衛門と踊った「二人椀久」などあたり役は多い。

74年NHK大河ドラマ「勝海舟」、80年「獅子の時代」にも出演。

勉強会「矢車会」を主宰し、09年史上最高齢の79歳で「勧進帳」の弁慶をつとめ、「連獅子」を当時10歳の長男鷹之資と踊った。10年11月新橋演舞場公演「吉例顔見世大歌舞伎」の「逆櫓」の畠山重忠が最後の舞台になった。

屋号は天王寺屋。定紋は鷹の羽八ツ矢車。85年眞山青果賞大賞、86年日本芸術院賞、94年人間国宝、96年芸術院会員、08年文化功労者に認定された。

96年33歳年下で元女優の橋爪正恵と結婚。

2010年11月14日

落語立川流一門・立川談大

立川流一門の落語家・立川談大(本名:桜井達男)、蜘蛛膜下出血のため東京都内の病院で4日死去、36歳。
10月27日師匠の立川談志を羽田空港まで車で送り、帰る時に頭痛を訴えた。その夜自宅アパートで倒れて病院に搬送され、意識が戻らなかった。

1997年5月に立川談志に入門し、2007年7月に二つ目に昇進。大柄な風貌で淡々と演じる古典落語の中にある不思議な面白さが持ち味だった。談志は「ああ、談大無念也。お前は俺の弟子なのだ、バカヤロウ」と悲痛なコメントを寄せた。

2010年2月12日

司会者の玉置宏

司会者の玉置宏(本名:玉置宏行)、脳幹出血のため神奈川県内の病院で11日死去、76歳。

1934年川崎市生まれ。56年明治大学商学部卒業後、文化放送に入社しアナウンサーとなる。58年独立し司会者として活躍した。「ロッテ歌のアルバム」「象印スターものまね大合戦」で人気を博し、「1週間のごぶさたでした」の名調子が有名。このほかテレビ「にっぽんの歌」「昭和歌謡大全集」、ラジオ「玉置宏の芸能伝説」「ラジオ名人寄席」などの長寿番組を担当した。

86年メガロポリス歌謡祭特別賞受賞、04年横浜文化賞、07年林家彦六特別賞などを受賞。
02年大衆芸能専門館「横浜にぎわい座」館長に就任して、演芸イベントでも活躍。日本司会芸能協会名誉会長も務めた。

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