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2009年9月22日

臼井儀人

漫画家の臼井儀人(本名:義人)、群馬と長野県境にある荒船山で死去、51歳。崖下で19日遺体で見つかった男性について本人と確認した。滑落して死亡した可能性が高い。

1958年静岡市生まれ。埼玉県春日部市育ち。77年県立春日部工業高校を卒業。デザイン専門学校を中退し、広告関係の会社で働く。87年「だらくやストア物語」が双葉社・週刊Weekly漫画アクション新人賞佳作入賞し漫画家デビュー。90年「クレヨンしんちゃん」連載開始。92年アニメ化され、大ブームとなる。

09年9月11日荒船山へ単身で日帰り登山に行くと言ったまま帰宅せず、連絡が取れなくなる。

2009年9月10日

柳亭痴楽

落語家の柳亭痴楽(本名:沢辺幸三)、腎不全のため東京都北区の自宅で7日死去、57歳。05年脳幹出血で倒れ療養していた。

1951年北海道当別町生まれ。68年4代目柳亭痴楽に入門。83年真打ち。96年5代目痴楽を襲名した。高座のほかテレビでも活躍。01年から落語芸術協会理事、04年から同協会常任理事を務めた。

2009年3月28日

藤間紫

日本舞踊紫派藤間流家元で女優の藤間紫(本名:喜熨斗綾子,Kinoshi Ayako)、肝硬変で27日死去、85歳。

1923年東京生まれ。元日本医科大学学長河野勝斎の長女。30年から日本舞踊を始め、35年藤間流六代目・藤間勘十郎に入門。41年名取になり、藤間紫を名乗る。48年舞踊家では珍しく舞踊劇「淀君」を発表。

95年舞台「西太后」で新しい西太后像を作り反響を呼ぶ。
92年菊田一夫演劇賞演劇大賞、93年文化庁長官賞など受賞。

23歳年上の師匠・藤間勘十郎と戦時中に結婚するが、流派運営などをめぐり対立。85年勘十郎と離婚。87年自ら紫派藤間流を創設。00年16歳年下の三代目市川猿之助(本名:喜熨斗政彦)と再婚した。

2009年2月16日

山下みらい

生まれつき腸に神経がない難病のため、米国で06年に手術を受けた山下みらいちゃん(2)=愛知県春日井市=が13日、入院先の米・ニューヨーク州の病院で亡くなった。臓器移植手術費の募金活動などで支援してきた「山下みらいちゃんをすくう会」によると、最後は人工呼吸器などの生命維持装置を外され、両親に抱かれて息を引き取ったという。

同会の住友隆介会長によると、みらいちゃんは06年12月に米国で腸などの移植手術を受け、07年6月帰国。最近では、つかまり立ちを始めていた。

しかし昨年末に肝機能の数値が悪化し、検査のため渡米。その後、容体が急変し、1月末に緊急手術を受けたが思うように回復せず、集中治療室に入っていたという。

2008年9月11日

野田凪

宇多田ヒカル、YUKIら人気アーティストのCDジャケットデザインやアニメ『ハチミツとクローバー』(フジテレビ系)のオープニング映像を手がけた映像作家の野田凪さんが、9月7日(日)に亡くなっていたことが公式ホームページで発表された。34歳という若さだった。

野田さんが主宰する有限会社宇宙カントリーの公式ホームページによると、死因は「数年前の交通事故の後遺症から用いていた強い鎮痛剤の誤飲による不慮の事故」だったという。

野田さんはラフォーレ原宿、コカ・コーラ、ナイキなど、大手企業の広告デザインや、ユニクロのTシャツのデザインを手がけたほか、YUKIのシングル「センチメンタルジャーニー」などのプロモーションビデオなども制作。幻想的でポップな作風で注目を集めていた。

2008年8月 8日

赤塚不二夫さん死去 おそ松くん、天才バカボン

漫画家の赤塚不二夫(本名:藤雄)、肺炎のため東京都文京区の病院で2日死去、72歳。

1935年中国東北部(旧満州熱河省)生まれ。46年奈良県大和郡山市に引き揚げ。新潟県内の中学を卒業後、2年間地元の看板屋で働く。18歳で上京、化学薬品工場の工員をしながらマンガを描く。56年に貸本マンガ「嵐をこえて」でデビュー。石ノ森章太郎さんら多くのマンガ家が住んだアパート「トキワ荘」で本格的な創作活動を始めた。

58年初の月刊誌連載となった「ナマちゃん」を発表。62年六つ子を主人公にしたギャグ漫画「おそ松くん」を「週刊少年サンデー」に連載。同年少女マンガ「ひみつのアッコちゃん」を「りぼん」に連載し、人気マンガ家となる。

67年「天才バカボン」「もーれつア太郎」が連載開始。テレビアニメ化され、一大ブームを巻き起こした。72年赤塚不二夫責任編集の雑誌「まんがNo.1」を刊行するが、73年6号で休刊。74年実験的に山田一郎のペンネームを使うが3カ月で元に戻した。

64年「おそ松くん」で小学館漫画賞、72年「天才バカボン」で文芸春秋漫画賞、97年日本漫画家協会文部大臣賞を受賞。

98年年食道癌を手術、02年検査入院中に脳内出血を起こし緊急手術を受け闘病中だった。

フジオ・プロ | Fujio Productions

赤塚不二夫公認サイト これでいいのだ!

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